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人工知能は、人間と同じ「思考」ではない今どきの人工知能(1/2 ページ)

最近では、人工知能が入った家電が珍しくありません。掃除をしてくれたり健康的なメニューを推薦してくれたり――いかにも人間のような動作をしますが、少し怖いと思うことも。なぜなら、人工知能の中には人間は入っていないからです。

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集中連載「今どきの人工知能」について

本連載は松尾豊、塩野誠著、書籍『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」』(中経出版)から一部抜粋、編集しています。

人工知能の急激な進歩により、社会は今後数年で劇的に変化していきます。政治、経済、教育、医療、労働――など、学習能力を身に付けた機械が人間の能力を越えたときに起こる未来とは? そこには、「常識」が反転するロボット社会への展望があります。

東京大学スーパー准教授にして、人工知能学の権威である松尾豊氏が、ビジネス戦略家の塩野誠氏からの率直な疑問に、対談形式で答えながら未来の可能性を語ります。

すぐそこまでせまってきた人工知能社会に、知的興奮が止まらない!


著者プロフィール:

松尾豊(まつお・ゆたか)

東京大学大学院工学系研究科総合研究機構、知の構造化センター、技術経営戦略学専攻准教授。1997年、東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年、同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より、産業技術総合研究所研究員。2005年10月より、スタンフォード大学客員研究員。2007年10月より現職。2002年、人工知能学会論文賞、2007年、情報処理学会長尾真記念特別賞受賞。人工知能学会編集委員長、第1回ウェブ学会シンポジウム代表を歴任。

塩野誠(しおの・まこと)

株式会社経営共創基盤(IGPI)パートナー・マネージングディレクター。IGPIシンガポールCEO。慶應義塾大学法学部卒、ワシントン大学ロースクール法学修士。ゴールドマン・サックス証券、ベイン&カンパニー、起業、ライブドアなどを経て現職。主に通信、メディア、テクノロジー、エンターテインメント領域の企業や政府に対し戦略のアドバイスを行い、政府系実証事業採択審査委員も務める。


何をもって「人工知能」と見なす?

塩野: 最近、知らない間に、いろいろなところに人工知能が入り込んできているという気がします。家電にも人工知能が入って、より良い掃除をしてくれるとか、より健康にいいメニューを推薦してくれるとか、人間が考えなければならないことをコンピュータがやってくれます。

 それは便利でいいのですが、人工知能の中には人間は入っていません。普通の人の感覚では、漠然とちょっと怖いなと思うわけです。どうして怖いかと言うと、やはり人間ではないからです。人間じゃないくせに人間の真似をしている。人工知能はプログラムですが、人間と同じような「思考」がそこにあるわけではないですよね?

松尾: ええ。人間と同じ「思考」ではありません。昔からいろいろ議論が行われているところですが、まず「中国語の部屋」(※1)という有名な話から始めてみましょう。

(※1)中国語の部屋=ジョン・サールが1980年に発表した思考実験。高度な人工知能の実現は不可能とする立場で、コンピュータの「知能」を定義するときによく引き合いに出される。

塩野: 「中国語の部屋」?

松尾: そうです。ある人工知能のプログラムがあったとします。プログラムには箱があって、その中に小さな人間が入っていると考えてください。その人に中国語で話しかけると、中国語で答えてくれます。それで「中国語の部屋」。

 部屋の中の人がやっていることは、中国語の文字が入ってきたら、難しい漢字で意味がまったく分からないとしても「この文字が出てきたらこう返せ」と書かれた分厚い辞書を引きながら言葉を作り、できたら箱の外に投げ返すという作業です。

 中国語で問いかけると中国語で返してくれますが、中の小さな人は中国語が分かっていると言えるかどうか?

塩野: ああ。理解しているとは言えませんよね。

松尾: 「人工知能には人間と同じような思考があるか」という塩野さんの質問は、これと同じなのです。中の小さな人がいくら賢い返答をしたとしても、コンピュータは中国語がまったく分かっていない。これが「中国語の部屋」の話を考えたジョン・サール(※2)という哲学者が言いたかったことです。

 もう1つ、「チューリングテスト」(※3)という、知能があるかないかを試すテストがあります。今度は部屋が2つあるとしましょう。1つの部屋に人間がいて、もう一方には人間、もしくは人工知能が入っていて、ここでチャットをします。

 チャットをする人間が、何時間たってももう一方の部屋にいるのが人間かコンピュータかを判断できなかったときに、チューリングテストに合格、初めて人工知能ができたと見なすわけです。

(※2)ジョン・サール=米国の哲学者。人間に迫るような高度な処理を行う「強いAI」は実現不可能とし、人工知能に対しては懐疑的な立場を取る。1932年生まれ。
(※3)チューリングテスト=英国の数学者、アラン・チューリングが1950年に発表したコンピュータが人間と同様に知的か否かを判定する方法。会話の相手が人間かコンピュータか気付かないときは、テストに合格とする。

塩野: なるほど。人間をだませるか否かでテストをするということですね。ネット上で顔が見えてなかったらできるかもしれません。「ネットではあなたが犬かどうか誰も知らない」(※4)という有名な言葉もありますし。今から30年前には、イライザ(※5)という短い対話プログラムを人間だと思った人もいました。

(※4)“On the Internet, nobody knows you're a dog."=1993年に米国の漫画家、ピーター・シュタイナーが雑誌『ニューヨーカー』に犬がPCを操作しているマンガに添えて出した言葉。インターネットの匿名性の是非を問うた。
(※5)イライザ(ELIZA)=1960年代にMITのジョセフ・ワイゼンバウムによってつくられた原始的な自動チャットプログラム。ユーザーが発した言葉を使った返答をプログラムがすることによって人間らしさを演出した。

松尾: いまの状況では、人工知能がチューリングテストに合格するのはまず無理だと思いますが、外形的な基準によって人工知能ができたかどうかを決めようとする話です。

 これと「中国語の部屋」は対立構造にあります。外から見て賢いふるまいをすれば、それは人工知能だとする立場と、そうは言っても中の小さな人は分かっていないのだから、知能とは言えないよね、という逆の立場です。行動主義か認知主義かのような話ですが、そんな議論もあります。

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