エボラ出血熱が引き起こす“次の悲劇”とは――流行地の実情:国境なき医師団の活動に見る(3/3 ページ)
エボラ出血熱に命を賭けて立ち向かう国境なき医師団。西アフリカの地で、エボラ出血熱が実際にどのような影響を与え、医療者はどのように対応しているのか――現地の実情に迫ります。
エボラ出血熱制圧に立ちはだかる“うわさの壁”
現地でエボラ出血熱の対応にあたる国境なき医師団を含む医療従事者には、いくつもの問題が立ちはだかります。
まずは、今回のギニア、リベリア、シエラレオネでエボラ出血熱が流行したのは初めてのため、現地の人たちのエボラ出血熱への知識が全くないことが問題となります。
「国境なき医師団がエボラ出血熱を持ちこんだ」という陰謀論を本気で信じている人たちがいます。「これまでに聞いたこともない病気が、いま流行しているなんて、そんなことがありえますか?」というのが住民の主張。そのために、医療チームが村に入ることを拒む村がいくつもあります。
また、エボラ出血熱の致死率がとても高いために「エボラ=死」を連想させ、現地の人たちを不安に陥れています。一部の住人はエボラを「魔術のようなもの」と考えていて、エボラという言葉を口にすればエボラが発生して、エボラの存在を否定すれば病気を免れられると信じているのです。
他に問題としてあげられるのは、医療施設が全く足りていないこと。エボラの疑いがある人たちが集まり、病院の前で列をなして並んでいるのにもかかわらず、「帰ってください」と言うしかないのです。病院が満床で、亡くなった人の分しか新規の患者を受け入れられないからです。
現在こういった状況の応急措置として「家庭内の感染予防・住宅消毒用キット」を5万組配布する試みが始まっています。そのキットには、2つのバケツに塩素剤、石けん、手袋、作業着、ビニール袋、スプレー付きボトル、マスクを収納し、健康教育の資料や内容物を安全に使用するための取扱説明書が入っています。
しかし、これも一時的な措置にすぎず、問題は病院が満床でエボラ出血熱患者を病院が受け入れられないことにあります。
そして、もう1つの大きな問題は、エボラ出血熱の大流行によって病院がその対応に集中することで、他の病気に対応できなくなっていることです。
エボラ出血熱患者が病院に集まるため、住人はエボラを恐れて一般的な病気の診療に行きません。さらには、医療施設への出勤を拒む医療従事者も多くなっていて、多くの保健医療施設が閉鎖されたり無人となっています。
実際にシエラレオネのゴンダマ基幹病院では、医療スタッフをエボラ出血熱の感染から守れないという理由から、2014年の7月に産科部門を、10月15日には小児部門を閉鎖しました。
こういった問題の結果、エボラ出血熱が流行している地域の医療システムが破たんしてきているのです。国境なき医師団インターナショナル会長のジュアンヌ・リュー医師が緊急声明を出しました。
今回のエボラ対策は、感染を抑え込めばいいというだけではありません。エボラで数千人が亡くなっている一方、それよりはるかに多くの人びとが、簡単な治療で治るはずの病気で命を落としています。医療機関が機能しなくなっているからです。医療機関の再稼働にも支援が必要です。
エボラ出血熱の恐怖が医療システムを破たんさせ、さらに多くの人たちの命を奪っています。今やエボラ出血熱の被害は、エボラ出血熱による感染者数、死亡者数では測れないものになってきています。
エボラ出血熱の臨床的な怖さは、その高い致死率と感染様式によってエボラ出血熱患者に寄り添った家族や医療者たちに感染し、その人たち自身をエボラ患者に変えてしまいつぎつぎと命を奪っていくこと。しかし、こういった感染症の本当の怖さは、残忍な症状を起こすエボラ出血熱の大流行によって根も葉もないうわさや医学的に間違った知識が広まり、人たちを恐怖と混乱の渦中に陥れることです。
感染症の制圧の一歩は「正しい知識と正しい対応の普及」です。みなさんも正しい知識を持ってください。(布施田泰之)
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関連リンク
- 国境なき医師団 日本「エボラ出血熱」(2014年11月7日取得)
- World Health Organization, 2014, “Ebola responce roadmap”(Retrieved November 7,2014)
- Centers for Disease Control and Prevention, 2014, “Ebola”(Retrieved November 7,2014)
- 国立感染症研究所「西アフリカ諸国におけるエボラ出血熱の流行に関するリスクアセスメント」(2014年11月7日取得)
- 厚生労働省検疫所 FORTH「エボラ対策に関するロードマップ」(2014年11月7日取得)
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