QRかICカードか? 交通系チケットシステムを巡る世界の最新事情:鈴木淳也のモバイル決済業界地図(3/5 ページ)
廉価版「Suica」のシステムを外販し、海外展開や交通系ICカードシステムの日本全国への普及を目指す計画の可能性が報じられている。一方、地域交通でQRコードを使う取り組みも進みつつある。世界の交通系システム事情も交え、交通系チケットシステムの現状を解説する。
QRコードを使った地域交通と誤解
前項で沖縄の交通系ICカード「OKICA」の話題に触れたが、那覇地区で運行される「ゆいレール」では乗車券としてこのOKICAの他、同路線の券売機で購入できる「1日乗車券」または「区間乗車券」しか現状で利用できない。
過去の複数の報道によれば、ゆいレールではインバウンド需要を見込んで台湾のEasyCardなど海外の交通系ICの受け入れで合意していたようだが、東京五輪でのインバウンド対応を見込んだ形で日本政府側の要請もあり、前述「10カード」の受け入れを目指し、2020年を目標に国内外の交通系IC対応を進めている。
観光産業の盛んな沖縄の特性を生かした試みといえるが、中でも大きな特徴と呼べるのが「1日乗車券」と「区間乗車券」が「セキュアQRコード」で実装されている点だ。これはQRコードの開発で知られるデンソーウェーブの製品の1つで、紙やパネルに印刷された「静的QRコード」の弱点である「複製」を防ぐべく、特殊な光でないと読み込みにくくなるようQRコードの一部に黒い帯が敷かれている仕組みだ。
磁気カードは採用されておらず、改札機の簡素化でコスト削減を実現しつつ、セキュアQRコードで一定の安全性を確保している。またQRコードを採用したことにより、支付宝(Alipay)や微信支付(WeChat Pay)のようなQRコード決済の受け入れも可能で、インバウンド対応ならびに切符の発券コスト削減にも結びついている。
ゆいレールでは開業当初「ゆいカード」という磁気カード乗車券を採用していたが、2014年のOKICA導入に際して切符型の乗車券をQRコード方式に切り替えた。
QRコード方式は運営会社側のメリットが大きい一方で、使いにくいという意見がある。実際、筆者が利用する際も「セキュアQRコードは読み取り機に当てる場所が分かりにくく、よく失敗する」という経験を何度もしている。改札前でうまく切符を認識させられずにつまずく旅行者も多く、特に団体客が自分の前にいた場合はなかなか改札を通過できず、目的の列車を逃した経験もある。「QRは遅い」という意識を持っている人は少なくないだろう。
だが世界に目を向ければ、QRコード決済が広く利用されている中国ではバスや地下鉄にQRコードを採用しているケースが少なくなく、実際に大都市で本格運用が行われている。例えばAlibaba Groupの本社がある杭州ではバスや地下鉄でAlipayが利用可能であり、ラッシュ時の大量の人員移動を毎日さばいている。
杭州の公共交通では地域交通系ICカードの他、QuickPassと呼ばれる非接触通信に対応した銀聯カード、そしてAlipayでの支払いが可能だ。これら3つの支払い手段はどれでもスマートフォンから利用でき、朝のラッシュ時に人々がどの決済手段を用いているのかを観察していると、オフィス街の駅などでは半数以上がスマートフォンを利用していた。杭州地下鉄の場合、ICカードとQRコードのどちらを利用しているかは端末をタッチしている場所で判定できるため、少なくとも3~4割程度の乗客がQRコード決済(Alipay)を利用していることが確認できた。
QRコードを改札で利用するのが「遅い」というのは誤解だ。実際に中国内外での事例を多く観察していると分かるが、QRコードの仕組みそのものは決して遅くない。QRコード方式の難点として「バリュー(価値)を内部に保管できず、必ずサーバ上のデータを参照する必要がある」という問題があるが、Alipayの処理を行うAlibaba Cloud(「阿里云」「Aliyun」とも呼ばれる)のデータセンターは中国内にあるにもかかわらず、ここに日本からアクセスしたとしてもほぼ一瞬で処理が終わり、Suicaをクラウド方式で処理している店舗よりもはるかに高速だ。
つまずくポイントは「読み取り機にQRをうまく認識させられない」「ネットワークエラーでQRコードが端末上にうまく表示できない、または端末上の問題でアプリが起動できない」といった状況だろう。前者はゆいレールでも見られたケースで、不慣れな客が殺到すると改札が一気に渋滞する。中国国内では慣れたユーザーが多いのか皆がスムーズに改札を通過している。問題なのはむしろ後者だ。スムーズな通過には事前準備や利用者の教育が重要で、このあたりのリテラシーの高さが導入の成否を分かる。
ラッシュ時に改札を止めてしまうという問題があるにもかかわらず、JR東日本が「QRコードの交通システムへの導入」に向けた実証実験を進めているという話がある。現行の同社の改札機更新サイクルを考えれば次の更新ターゲットとなるのは2022~2023年ごろだが、ここでQRコードを採用した改札が登場する可能性がある。
理由は磁気カードの廃止で、接触読み取りや“巻き込み”機構を備えていて故障しやすい現行の改札機の代わりに、メンテナンスフリーで切符の発行や廃棄に関わるコストを大幅に削減できるからだ。どのような形で採用するのかは想像の範ちゅうだが、現在と同様に交通系ICカードの専用レーンの他に、交通系ICとQRコードの併用レーンを設け、ラッシュ時の通過能力を低下させずにQRコード式の切符を受け入れるのではないかと考えている。
QRコードを採用する際の課題は「新幹線や長距離切符を利用した乗客の特定区間乗車受け入れ」「他社からの連絡切符の処理」「回数券」などが大きい。連絡切符の利用が全体のどの程度あるのかは不明だが、QRコードをJR東日本だけが採用したのでは不都合が生じる。そのため、少なくとも新幹線を含めた鉄道他社との連携が不可欠であり、磁気切符に代わる次の改札システムに向けた取り組みが重要になる。
「回数券」がネックとなる可能性もある。ゆいレールなどの現状のシステムでは静的QRコードは「当日のみ有効」というケースがほとんどだが、回数券では数カ月から1年程度保管される可能性があり、複製が比較的容易という特徴から安全性の問題が出てくる。再利用させないためにユニークIDを埋め込んで管理する方法もあるが、購入済みの切符を悪意ある第三者に複製利用されてしまう可能性は残る。
ただ利用者側のメリットに目を向ければ、「QRコードを使って購入済みの乗車券を(QRコード読み取り機の付いた)券売機で取り出す」といった用途の他、Alipayに限らず動的QRコードを提供する決済サービスでそのまま乗車が可能になり、インバウンド対応で便利になる。
JR東日本は2019年9月から500円のデポジットを徴収しない代わりに使用期限付きの外国人向け交通系ICカード「Welcome Suica」を提供する予定。外国人がSuica利用する際の不満点に「購入場所が限られている(空港駅のカウンターで行列に並ぶ必要がある)」「デポジットを含む返金の手間」を挙げており、その解消策として「Welcome Suica」が登場したわけだ。QRコード対応はこのインバウンド対策の一環でもあり、いかにスムーズに自社のサービスを利用してもらうかという点に帰結する。
JR東日本が進める外国人向けの「Welcome Suica」。利用期間が限定されている代わりに500円のデポジットが徴収されず、返金処理なしで内部のチャージ金額を使い切ることが可能。これはデザイン案だが最終的な商品画像は異なる可能性がある
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