最新のテクノロジーと人間の皮膚感覚を持つ「INFOBAR 2」──深澤直人氏×タナカノリユキ氏:INFOBAR 2先行展示記念トークショー
東京・原宿にあるKDDIデザイニングスタジオでは、現在「INFOBAR 2先行展示イベント」が開催されている。このイベントを記念した、深澤直人氏とタナカノリユキ氏とのトークショーが行われた。
東京・原宿のKDDIデザイニングスタジオで「INFOBAR 2先行展示イベント」が開催されている(11月29日まで)。去る11月3日、「INFOBAR 2」の生みの親である深澤直人氏と、INFOBAR 2のテレビCMなどコミュニケーション全般を手がけたクリエイティブディレクターのタナカノリユキ氏のトークショーが行われた。
ちょうど1年前にコンセプトモデルが発表されたとき、“口の中に四角い飴を入れて溶けた状態で出したような形“と深澤氏が表現したINFOBAR 2のフォルム。このキーワードは、「機械に象徴されるものは角張った四角いもの。その機械が人間に近づいてきたということを伝えるため」(深澤氏)に生まれたものだという。
また、INFOBAR 2の登場までには、初代「INFOBAR」から4年、コンセプトモデル「info.bar」からは6年の歳月が流れている。初代INFOBARの開発時には、深澤氏が提示したプロトタイプを見た端末メーカーが「とんでもない」という反応をしたそうで、メーカーが描いてきた図面は深澤氏のイメージしていたものとはかなり違っていたという。しかし今回のINFOBAR 2の試作機を見たときは、「去年このKスタで発表したプロトタイプとまったく同じでビックリした。しかもワンセグが映るなど、技術が自分の予想を超えてしまっている。この中に全部入ってしまっていいのかと驚きの連続だった」(深澤氏)という。
デザインのあり方がテクノロジーから人間の感覚に近くなっている
INFOBAR 2はこうした最新のスペックを前面に打ち出すことなく、それを柔らかなフォルムの中に包み込むという独特の佇まいを見せている。こうしたデザインアプローチについて深澤氏は「“世界一小さい”とか“世界一薄い”といったことを追求していたのは10年くらい前の話。今はそういうレベルの戦いではなく、小さくなったがゆえに昔の工芸的、伝統的な、むしろ人間に近い豊かさにそのテクノロジーを使っていけるかということを期待されている。モノが小さくなったから小さく見せるようにしてほしい、ということではないところにデザインが移りつつある。今はその変化の中間にある」と語る。
こうした動きの例として深澤氏はスペースシャトルを挙げた。「マーク・ニューソン氏が手がける次のスペースシャトルのインテリアは革を使ったもの。スペースシャトルのようなハイテクなものの中に、豊かな心地よさというものも過去から引っ張っていく。その橋を架けること自体がデザインとして重要」(深澤氏)
タナカ氏も同じような動きを感じているという。「少し前までは“機能がいい”“使い勝手がいい”といった、20世紀の機能的な合理性だけを追求していればよかった。しかし今は人がどう感じるか、どう体がリラックスできるかといった、皮膚感覚に近いものが要求される。これからはデザインのあり方が変わって行くかもしれない」(タナカ氏)
タナカ氏の変化に対する考えに、深澤氏はもう1つの考え方の変化を付け加える。以前のケータイのデザインは、ガジェットとして目立つことを求められ、持つ人のセンスに関係なく、とにかく何か新しいものに飛びついて、それを持ってさえいればよかったというものだった。しかし今はモノ自体が目立たず、持っている人のセンスの良さを表現するものとしてデザインしなければならないという。「ガジェットが目立ちすぎてはいけない。デザイナーとしてその落としどころは難しい。でも、モノ自体を目立たせることと、持つことでその人が引き立つデザインとでは後者のほうが作り上げていく価値がある」(深澤氏)
形が見えてこないとユーザー自身のニーズは分からないもの
INFOBAR 2はこれまでのケータイのデザインの潮流とはやや違うところにある感覚を持っている。深澤氏が新しいモノを生み出すときのエピソードとしてこんな例を挙げた。「よく相手がどんなものを欲しいかということを考えすぎて、新しいアイデアがあっても自分自身がそれをブレイクスルーできないことがある。しかし、実は誰もそんなの反対していないことが多い」(深澤氏)
「(声の)ボリュームを回し気味に(主張して)いかないと、『せっかくお願いしたのにそんなものなの?』と逆に言われてしまう。周囲の期待値が見えているのは自分だけなので、私はボリュームを回して主張していくことにしている。“これで決めていくぞ”とならないと新しくなっていかない。ラーメン屋で『コレ、おいしいです』といって出されるラーメンはうまいと思うが、『ちょっと自信がない』と言って出されるとまずいと感じられたりもする。これと同じように、新しいものを出す側というのは、いつもハッキリしていないといけない。そういう観点で世の中にあるデザインを見てみると、これは自信を持っている、これは持っていない、これは自信を持ちすぎて失敗している、ということが分かる」(深澤氏)
ケータイをはじめとする現代の工業製品は、いかにユーザーのニーズを的確に捉え、それを製品に反映して販売数を伸ばしていくかを追及している。そこで、作り手はモノを作り始める前に、ユーザーに対して「どんなものが欲しい?」「このデザインはどう?」と聞いてしまう。しかし、深澤氏によると、ほとんどの人はそのモノが出来上がる前に聞かれても、ハッキリ自分が“こういったものが欲しい”ということは分からないのだという。
「それを聞くのは酷というもの。分かっているかもしれないが、聞かれた瞬間には分からない。例えば『この女優がいい』『このシンガーがいい』と思っていても、急に好きな女優を聞かれるとすぐには答えられないのと同じ。すると、答えもハッキリしないものになる。そんな答えを元に新しいモノを作ると失敗する。逆に、全然それがハッキリしない人に『こんな感じ?』とデザインを示すと『それだ!』と答えてしまう。新しいものを見た瞬間にそれに合意してしまう。中には『私はまさにこう思っていた!』と言う人もいる。我々にとってそれが一番の褒め言葉になる」(深澤氏)
映像空間の中で触った人の感覚がわかるINFOBAR 2のテレビCM
INFOBAR 2のCMなどは今回、クリエイティブディレクターのタナカ氏が手がけているが、このタナカ氏を指名したのは、深澤氏自身だった。指名されたタナカ氏はその第一印象を次のように語った。「INFOBAR 2を初めて触ったときにちょっとビックリした。ファッションやグラフィックといった方面のデザイナーが関わって、ファッションになっているデザインのシリーズが多い中、INFOBAR 2は形やプロダクトをやっているデザイナーが作ったということをとても強く感じた」(タナカ氏)。また実際に触ってみて、角と真ん中のふくらみに何が入っているのか分解してみたいと思うなど、INFOBAR 2に興味津々だったという。
さらにタナカ氏は初代INFOBARを振り返り、「INFOBARはデザインケータイのパイオニア的な存在だった。それまではケータイのデザインに外部のデザイナーが関わることがなくて、INFOBARが出たらこぞって各社が色々な人を起用して盛り上がってきた。そして今、ケータイがほとんど折りたたみで、ほとんど四角い中、このINFOBAR 2を出してきたことに、すごく意志というかメッセージを感じた」と感想を述べた。
そんなタナカ氏のINFOBAR 2に対する印象から生まれたのが、これから放送される予定のテレビCMで、その発想の原点になったのは、やはり“INFOBAR 2の手になじむ形”だったという。この形についてタナカ氏は「人の中に潜在的に眠っている意識、無意識の共通感覚を呼び覚ましてくれる」と形容する。また「今までの“デザインケータイ”というコミュニケーションの文脈を断ち切った、これは本当に新しいもの」(タナカ氏)とも感じたという。そこで同氏はCMをはじめとしたコミュニケーションの展開を、今までの文脈とは違ったものでいくことを決め、最初に音楽に着手した。
この音楽は、トークショーの途中で披露された。INFOBAR 2のテレビCMで使われる音楽はフランスのピエール・アンリというアーティストの“Messe pour le temps present : Psyche Rock”という1967年にリリースされた曲。現在のようなデジタル楽器が誕生する前の時代の電子音楽で、「その時代に描かれていた未来と、INFOBAR 2の肌になじむ、自分のそばにいるような懐かしさを、音で表現した」(タナカ氏)というものだ。
この音楽に対して深澤氏は「鉄腕アトムのアニメで、アトムが歩くときに“ピュッ、ピュッ”という音がするが、これはその当時に想像した未来のイメージ。しかし、今の工業デザインは、昔のマンガで描かれた生っぽい未来のイメージがそのまま形になっているわけではない。INFOBARは、そういった昔に描かれた未来のイメージがそのまま登場してきたという感じと、このCMの音楽が同調している感じがする。生っぽいものは必ず違った形に置き換えられてしまう、という頭があるからとてもマジカルに感じる」と評する。
今回披露されたのは音楽だけで、映像を見ることはできなかったが、タナカ氏によるとその内容はINFOBAR 2の触感を感じさせるものだという。「INFOBAR 2の触覚に訴えかける、触ったときのビックリする感じをどう伝えるかということが難しかった。映像の中で“有名人が一生懸命触ってすごく楽しそう”という表現をしても、見ている側は触っている感覚にならない。だからといって、“触ってみてください”というのは絶対やりたくなかった。そこで、“映像空間の中で触ってみたら、その感覚が触った人の中でこんな感じ”というところを表現した。それが今回のCMの一番のミソ。また、二枚目路線のシリアスなデザインケータイの広告が多い中に、ちょっと“かわいい”“懐かしい”というのを出している。ちょっと変わったCMなのでぜひ皆さん見てほしい」(タナカ氏)
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