“2年間つきあうケータイ”のデザイン、大切なのは普遍性と衝動性――Kom&Co. 小牟田氏に聞く(後編):神尾寿のMobile+Views(2/2 ページ)
キャリアの販売方式が変わったことから、ユーザーの携帯との向き合い方も変化している。頻繁に端末を買い替える時代から、“2年間つきあえる”ケータイを探す時代になった今、ケータイデザインには何が求められているのか。
このようにデザイン表現を変えて、同一モデルの中でバリエーションを生み出すには、小牟田氏が指摘するように優れたベースデザインが欠かせない。デザインにゆとりがあるからこそ、その上でコンセプトの違いを描き出す余裕が生まれるのだ。
「どのようなプロダクトもそうなのですが、市場が成熟してくると、ユーザーのデザインに対する感性が鋭くなります。ですから多様性の表現が(デザインでは)求められるのですが、それらは高品質なものとしてユーザーにきちんと伝わらなければなりません。むろん、プロダクトとして考えれば、開発や製造における効率性も重要です。これらを鑑みて、優れたベースデザインを持つことは、(スタンダードモデルとして)とても大切なことなのです」(小牟田氏)
普遍性と衝動性をどう両立させるか
各キャリアが端末の2年間の利用を事実上うながす、新販売モデルを導入したことで、“長く使えるケータイ”は重要なテーマになった。それによりデザインの分野でも、これまで述べられたように「普遍性」の重要度が上がってきている。一方で、店頭販売での訴求力という観点に立てば、パッと目を惹くデザインやカラー、イルミネーションのギミックなども重要という考えもある。
「これまでもそうだったのですが、(店頭訴求力となる)衝動性と、(購入後の満足感を左右する)普遍性をどうバランスさせるのかということです。新販売モデルでは、『まあ、1年で買い替えるから』という、気軽な感覚で携帯電話を選びにくくなりますから、普遍性の重要度が増してきています。その上で、最後にユーザーの購入を促すのは、シンプルでありながら細部まで考え抜かれているか、という質感の部分だと思います」(小牟田氏)
新販売モデルによる携帯電話の販売価格上昇や、利用期間の長期化は、この数カ月の端末販売不振の要因として悪く見られがちだ。しかし、こと“携帯電話デザインの成熟”として見れば、悪いことばかりとはいえない。ユーザーの選択眼が厳しくなるため、良質で考え抜かれたデザインでなければ売れなくなるからだ。短いサイクルで使い捨てるのではなく、デザイン、そして製品と一定期間きちんと向き合っていく――。最低でも2年間は使うという時間軸は「本来のヒトとモノとのつきあい方、リズムになってきているのではないでしょうか」と、小牟田氏は話す。
「1年くらいの短い期間で次々と買い替えを促す市場というのは、モノ作りのアイデアやこだわりが消費される傾向が強くなってしまいます。それは本質的には、あまりいいことではありません。ですから、長く使うための品質やデザインが重視されて、それにかなう端末が増えるというのは、いい側面もあります。
しかし、その一方で、新販売モデルは端末買い換え需要を減退させて、(主にメーカーや販売会社の)ビジネスとしてみればデメリットがあります。また、僕が5年くらい前に理想だと考えていたのは、メーカーが小ロットで採算が取れる生産体制を構築して多様なコンセプトで、さまざまなデザインと素材を持つモデルが登場する世界だったのですが、現在の新販売モデルの下では、そういった市場環境は作れないでしょう」(小牟田氏)
スタンダードの向こう側
今後の携帯電話デザインを考える上で、忘れてはならないのが、7月11日に発売されたAppleの「iPhone 3G」だ。3.5インチのタッチパネル液晶を中心に、とことんまで削ぎ落とされ、なおかつ考え抜かれたデザインは、見るものにそれ自体が1つのシンボルであるかのような強烈な印象を与える。iPhone 3Gは、今後のデザイントレンドにどのような影響を与えるのだろうか。
「僕がiPhone 3Gを見て感じたのは、Appleの思想的背景の上に、ある意味で保守的なデザイン手法でまとめあげたなということです。斬新なように見えるのは他の携帯電話と比べるからであって、Appleのモノ作りで見ると、まったく“軸”がぶれていません”。むしろ、このぶれていないことの方が、注目すべき部分なんです」(小牟田氏)
iPhone 3Gの登場以降、海外メーカーを中心に、タッチパネルという機構やデザイン的な特長でiPhone 3Gの対抗機を出そうという動きがある。しかし、それは根本的な部分で間違っていると小牟田氏は指摘する。
「Apple以外のメーカーがiPhone 3Gに似た端末を作ろうとしても、うまくいかないでしょう。それは(コンセプトやデザインの)軸となる背景が、Appleとどうしても異なるからです。Appleの培ってきた歴史やデザイン設計の思想、ビジネスモデル、そしてApple的なセンスを求めるユーザーなどが複合的に絡み合ってiPhone 3Gという『Appleにとってのスタンダード』を構成しています。ですから、そういった背景の異なる他のメーカーが外見だけ似せても、それは(iPhone 3Gと同じ)スタンダードにはならないのです。
少し逆説的ですが、僕はメーカーごとにいろいろなスタンダードがあっていいと思っています。iPhone 3GがAppleのスタンダードであるように、(シャープやNEC、パナソニックモバイルなど)各メーカーが自らのデザインを熟成させ、進化させていけば、その先にメーカー独自のスタンダードがあるのだと思います」(小牟田氏)
シンプルで、飽きのこない「スタンダードなデザイン」が求められる世界。それは高品質で隙のないモノ作りが評価される“まっとうな市場”であると同時に、あまりに個性的なものや異質なデザインはビジネスとして成立しない世界でもある。小牟田氏自身、プロデューサーとして今の時代におけるスタンダードの重要性を強く認識しながらも、「1人のクリエイターとしては、まったく面白くないですね」と苦笑する。
「2010年から先で見ますと、(新たなインフラ環境の上で)携帯電話以外のモバイル機器が登場・普及する可能性があります。携帯電話が重要なポジションであることは間違いないですが、もっと幅広く、日常のあらゆるところで、『人と人』や『人とコンピュータ』がつながる世界になるでしょう。そこにデザインにおける新たな可能性も見いだしていきたいです」(小牟田氏)
2010年以降の新時代に向けて、小牟田氏がどのようなデザインプロジェクトを手がけていくのか。今後の活動に注目である。
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