ヤフー×LINE、経営統合でこれから決済業界に起こること:鈴木淳也のモバイル決済業界地図(1/2 ページ)
ヤフーとLINEの経営統合で気になるのが、2社が提供しているモバイル決済の動きだ。PayPayとLINE Payが今回の事業統合で1つにまとまることはないだろう――というのが筆者の考えだ。こう考える理由の1つに、両者の統合後の姿が原時点で全く想像できない点が挙げられる。
ヤフーとLINEの経営統合が11月18日に正式発表された。経営統合における持株比率や事業の統廃合、シナジー効果など、今回の件ではさまざまな論点がある。だが多くの方がユーザー目線で最も気になっていることの1つは「国内のモバイル決済は今後どうなっていくのか」だろう。この点について、専門分野とする筆者の考えを少しまとめてみたい。
スマホ(アプリ)決済は急に1つには収束しない
PayPayとLINE Payは、日本国内のスマホ(アプリ)決済の分野では現在トップランクにあるといえるが、今回の事業統合で1つにまとまることはないだろう――というのが筆者の考えだ。それぞれにユーザーベースを抱え、展開済み、あるいは進行中の提携や機能拡張がある。あるタイミングで計画が凍結される可能性はあるが、少なくとももうしばらくの期間は両者が並走することになるだろう。
こう考える理由の1つに、両者の統合後の姿が原時点で全く想像できない点が挙げられる。18日に行われた記者会見でZホールディングス(ヤフー)代表取締役社長兼CEOの川邊健太郎氏とLINE代表取締役社長兼CEOの出澤剛氏は具体的な統合後のサービスの姿について言及を差し控えていたが、これは経営統合が確定するまで話せないという法務上の問題により、両チームを交えて機能統合について協議することができないからだ。
【訂正:2019年11月26日16時10分 統合後のサービス像に関する具体的な言及がなかった理由について、一部正確でない部分がありましたので、訂正致しました】
事実、発表の前週に経営統合のうわさが報道され始め、両社の関係者らに問い合わせをしていた感触からも、経営統合の話題がトップの間で共有されていたにすぎず、現場レベルでは報道を見て初めて知ったという状況だった。
これに限らず、既にLINEというコミュニケーションアプリでは8年、決済機能だけでも4年近く事業を走らせて業界では最古参にあたるLINE Payと、決済機能に特化して急速に業界最大規模の加盟店網を構築し、最近ではYahoo!の名称のつくブランドを次々と置き換えてソフトバンクグループの中核になろうとしているPayPayでは、単純な機能統合とはいかないと予想できる。
今これから機能統合の話し合いが始まったとして、方向性がまとまるまでに半年、さらにそこから踏み込んだアプリ統合に進むまで1〜2年程度の猶予期間を必要とすると筆者は考える。開発リソースの効率化やユーザーへの訴求を考えても、複数の異なるアプリが存在することがプラスになるとは思えず、いずれ通るべき道になるはずだ。
もう1つ忘れてはいけないのはライバルの存在だ。業界最大規模のユーザーと加盟店網を抱えるサービスが誕生したとして、残りが全てすぐにフェードアウトする結果にはならない。もはやユーザー誘導を主眼とした派手なキャンペーンは期待できないかもしれないが、今後も一定の規模を維持してサービスはあり続けることになるだろう。
例えば業界最大の楽天カードや楽天ポイントを抱える楽天ペイが撤退する姿は見えないし、フリマ市場で巨大なエコシステムを築いているメルカリのメルペイも同様だろう。ドコモやauのようにポイント経済圏の延長でアプリ決済を考えている事業者も同様だ。体力の尽きた事業者から順に合併や事業売却、撤退などといった形で脱落していくところも出てくるだろう。あるいはオペレーション簡略化のため、加盟店側から切られるケースも出てくるかもしれない。
戦いは既に次のフェーズに入っている
アプリ決済の世界の争いは既に終息し、次を見据えた動きに入っている。今回のヤフーとLINEの経営統合がその典型で、今後1〜2年で起きる、以下のトピックに向けた取り組みで事業者らはしのぎを削ることになる。
- 多くの一般ユーザーのオンライン滞在時間の大部分はPCからモバイルに移っている
- モバイルでの占有時間、つまりアプリでのユーザーの接触時間をいかに確保するかが重要
- ECの舞台はモバイルが主軸になっており、モバイル決済もリアル店舗以上にEC対応が重要になる
- モバイルの波に乗れない事業者は、強力な事業者と組んで露出を増やさなければならない
- この分野で先行する海外の強力なプレイヤーが、日本の市場を狙っている
上記のうち1〜4は、18日の会見でも何度か登場した「スーパーアプリ」のことを示唆している。スーパーアプリの基本的な考え方は、生活の要所で必要な機能を網羅して提供する仕組みだ。単体のアプリではなく、同じベンダーが提供する機能ごとのアプリになるケースも考えられるが、中国の「WeChat」のようにチャット機能を中心に決済までを包含し、「ミニプログラム」と呼ばれる拡張機能でスーパーアプリを体現する。
米国では、情報収集やコンテンツを楽しむのはニュースアプリやInstagram、友人とのコミュニケーションはFacebookやTwitter、オンラインの買い物などはAmazonやeBay、決済はPayPal、送金はVenmoといった具合に用途で使い分けるが、WeChatではこれらほとんどを1つのアプリでこなせる。当然ながらユーザーのモバイル利用におけるWeChat滞在時間は長くなるため、スーパーアプリで大きなポイントとなるのはユーザーの占有時間といえる。つまり、この占有時間の長さを利用して“できること”を増やすことが、マネタイズに向けたビジネスモデル構築する上で重要となる。
もう1つ忘れてはいけないのは、「キャッシュレス」という文脈で今後重要になるのはオンラインコマースの分野だという点だ。いわゆるネットショッピングなどのEC然としたものもあれば、UberやUberEats、マクドナルドのモバイルオーダー、あるいはピザの宅配まで、アプリ内決済で完結するものを含めた「隠れオンラインコマース」のようなものもある。
300兆円といわれる日本の年間消費支出のうち、7割強が現金決済といわれており、この比率を2025年までに6割未満とするのが政府の目標だが、その鍵の1つとなるのがオンライン決済の分野だと考える。リアル店舗での少額決済をキャッシュレスに置き換えつつ、本来はキャッシュレス化した方が効率よさそうな隠れオンラインコマースをモバイル利用で現金支払いから置き換えていくことで、政府目標を実現できる。
中国がAlipayやWeChat Payのようなモバイル決済をすんなりと受け入れられたのも、もともとはモバイルを使った決済や商取引が盛んだったことにあり、受け入れる土壌が醸成されていたためだと考える。「決済インフラが未整備だったから」というのはむしろ副次的な要素であり、オンラインでなじみの決済手段がそのままリアル店舗で使えたことが大きいのではないだろうか。既に撤退してしまった「7pay」が似たような構想を持っていた可能性がある。
正直、日本はモバイル利用でもオンラインでの決済にしても、諸外国に比べると出遅れている印象が強い。中国は極端な例だが、欧米でもスマートフォンの高い普及率を背景にしたモバイルサービスが拡充されており、その一端はスウェーデンの「Swish」やデンマークの「MobilePay」などにも表れている。
PCや金融システムの普及より先にモバイル通信網の整備が進んだ東南アジアやアフリカでは、一足飛びにモバイル利用を前提とした社会インフラが構築されつつあり、金融システムや決済サービスさえモバイルを中心に構築されつつある。こうした事情は当然ヤフーやLINEを含む、アプリ決済事業者らは把握しており、来たる時代を見据えた準備を進めているはずだ。今回の経営統合もまた、目先の数字合わせというより、こうした波が一気に来る1〜2年先を見据えての動きなのではないだろうか。
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