なぜiPhoneで緊急通報できない不具合が起きたのか? その理由を考察する:MVNOの深イイ話(2/4 ページ)
2021年9月に「iPhoneと一部のSIMの組み合わせで緊急通報ができない」という事象が報じられました。IIJmioのeSIMを利用したときに現象が発生するということで、筆者が所属するIIJでも重大な事象であると考えました。今回はこの事象の経緯を振り返りながら、この件の周辺事情について考えてみたいと思います。
なぜ緊急通報ができないのか
この事象において、緊急通報ができなくなるのはなぜでしょうか。後述の理由で十分な実験が行えず、目視観察からの推測が混じってしまうのですが、おおよそ次のような状況だったと推測しています。
- 端末に「音声通話用」と「データ通信用」のSIMが指定されている。
- 利用者が緊急通報番号をダイヤルする
- 端末(OS)が緊急通報であると認識する
- 通報に利用するSIMとして「データ通信用」が選択される
- 選択したSIM(「データ通信用」)から発信する
ポイントは3の「緊急通報である」と認識した際に、4で「データ通信用」のSIMが選択されるという点です。このため、データ通信用のSIMとして「音声通話非対応」のSIMが指定されている場合、5で音声での発信に失敗してしまいます(緊急通報以外の通話では、特に利用者の操作がなければ「音声通話用」SIMが選択されます)。
ちなみに、音声通話対応のSIM(eSIM)を2つ用意して、「音声通話用」「データ通信用」のSIMの両方ともに音声通話対応のSIMを指定することも可能です。その場合に緊急通報を行うと、やはり「データ通信用」と指定したSIMから通報が発信されます。着信を受けた緊急通報受理機関には、利用者が想定しているのと異なる電話番号からの着信であると通知されることになります。
この挙動についてもう少し詳しく検討するために、デュアルSIM(Multi SIM)端末の要件について整理しているGSMAの文書「TS.37 - Requirements for Multi SIM Devices」を参照します。ここで挙げられている要件TS37_2.5_REQ_13によれば、以下の挙動が推奨されています。
- 複数のSIMが存在するデバイスで緊急通報を行う場合、通話が正常に終了するまで各SIMで発信を試行すべき
- どのSIMを最初に試行するかは端末メーカーが決定してよい
この文書を踏まえると、緊急通報の際にデータ通信用のSIMを先に選択すること自体は許容されるようですが、そちらで発信に失敗した場合にもう1つのSIMで発信をしてくれない挙動は残念に思われます(あくまで“SHOULD”という記述ですが)。
こうしたiPhoneの実装がこれまで話題にならなかったのはなぜでしょうか。筆者はその1つの理由に、「音声通話不可能なSIM」が日本以外で一般的ではないことが影響した可能性を考えています。
海外のSIMはサービス的にデータ通信専用であったとしても、一応音声通話機能は生かされており、緊急通報など最低限の機能は利用できることが多いと聞き及んでいます。つまり、何かしらのSIMが刺さっていれば、取りあえず緊急通報ができるということです。このため、緊急通報発信失敗時の実装が不十分、あるいは考慮漏れに気付かれなかった可能性があると推測しています。
ところで、日本の低価格MVNOが登場した直後の2012年〜2013年頃にAndroid端末で「セルスタンバイ問題」と呼ばれる事象があったことを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この事象についての詳細は、2013年11月に開催したIIJmio meeting #1の中で筆者が解説していますが、「初期のAndroidが『データ通信専用SIM』の存在を考慮していなかったため異常動作した」という現象でした。
今回の事象ももしかすると、セルスタンバイ問題と同様に日本の状況が把握されていなかったことが影響したのかもしれません。
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