なぜ「SIMカードなし」のスマホから緊急通報を利用できないのか?
7月2日から発生したKDDIの通信障害により、緊急通報が利用できない事態に陥りました。こうした状況を受け、障害発生時には緊急通報だけでも他社回線を使って発信できないのかという指摘も出始めています。一方、SIMカードのない状態で緊急通報は利用できないのでしょうか。
7月2日未明に発生した、KDDIの大規模な通信障害。全面復旧が発表されたのは、障害発生から80時間以上たった5日夕方で、この間、音声通話はもちろんのこと、データ通信によるインターネット接続や銀行のATMや自動車の緊急通報システム、そして110番や119番などへの緊急通報も利用しづらい状況が続いていました。
発生が休日だったこともあり、障害規模の割には混乱が最小限だった印象もありますが、いざというときに緊急通報が使えない状況というのは、想像するだけでも怖いものがあります。KDDIでは、「緊急電話もご利用しづらい状況が発生しているため、固定電話、公衆電話などをご利用くださいますようお願いいたします」と案内もしていましたが、自宅に固定電話がないという人も少なくなく、また、若い世代では公衆電話の使い方が分からないという人もいると聞きます。
障害時に他社回線を借りるローミングの可能性
こうした状況を受け、障害発生時には緊急通報だけでも他社回線を使って発信できないのかという指摘も出始めています。この件に関して、KDDI技術統括本部長の吉村専務は7月5日に行われた会見の中で「実は総務省の関係する対策会議でも、災害時におけるローミングは検討に入っている」と語っています。
実際、この災害時のローミングについては、東日本大震災の経験から議論されてきた内容ではあります。ただし、これまではNTTドコモとソフトバンクがW-CDMA、KDDIがCDMA2000と3Gによる通信方式が異なっていたこともあり、異なる通信規格間でのローミングには技術的な困難さがありました。ただ、現状では各社とも音声通話はVoLTEに移行したことで、こうした問題は解消されつつあります。
もう1つ、ローミング先の回線がパンクするのではという懸念や、それに備えた設備投資をどうするのかなどの問題がありますが、この辺りは、総務省を中心に各事業者でうまく調整してほしいところです。
ローミングは技術的には問題なくできそうではありますが、これを実現するには、現状では法規制の壁があります。
総務省の定める事業用電気通信設備規則には、緊急通報を行う要件として、下記の3項目が定められています。
- 管轄の緊急通報受理機関(警察、海上保安庁、消防)へ接続する機能
- 発信者の位置情報等を通知する機能
- 回線を保留または呼び返し等を行う機能
ローミングによる発信の場合、位置情報の送信自体は問題ありませんが、3の呼び返し(緊急通報受理機関から通報者を呼び返せる機能)がネックになってきます。海外旅行などで使われるローミングの場合、基本的には全ての通信でローミングを利用します。簡単に言ってしまえば、端末の電源が入り電波をつかんでいる間は常にローミング状態です。しかし緊急通報時にのみローミングを行う場合には、通話が切れてしまうとローミング先からも切断されることになります。もとの回線は通信障害でつながらないため、警察や消防から折り返し電話をかけることができません。
余談ですが、緊急通報であっても発信者番号を非表示にする「184」を付けると、電話番号や位置情報を非表示にして発信が可能です。当然、呼び返しもできず、先の規則と矛盾しているように見えますが、これは「電気通信事業における個人情報保護ガイドライン」に基づき、利用者の意思を尊重するためとのことです。
ともあれ、緊急通報時は一定期間ローミングを維持するなどの仕組みがあれば解決しそうではありますが、そもそも今回のように、元となる回線がダウンした状態でローミングが行えるのかという問題もあります。この辺りは、今後も検討されていくのだと思いますが、会見で同時に話題として挙がっていた「SIMなしでの緊急通報」も絡んできます。
SIMなし緊急通報も、法令が障壁となって利用できず
AndroidやiPhoneなどでSIMを挿していない、あるいは解約済みのSIMを挿した状態で「緊急通報のみ」といった表示を目にしたことがある人もいるいでしょう。一部の国では実際に利用することが可能ですが、実は表示が出ても日本ではSIMなしで緊急通報をかけることはできません。この機能が日本で利用できない理由にも、法令が関わってきます。
事業用電気通信設備規則には、以下のように定められています。
緊急通報を受信した端末設備から通信の終了を表す信号が送出されない限りその通話を継続する機能又は警察機関等に送信した電気通信番号による呼び返し若しくはこれに準ずる機能を有すること
SIMカードがないと電話番号がないため、緊急機関からの呼び返しができず、総務省の規定する緊急通報機能の必要条件を満たせなくなります。そのため、現状ではSIMカードなしで緊急通報を利用することができません。これは、通信障害発生時も同様で、回線が使えないため、緊急通報も利用できなくなります。
スマートフォンなどモバイル通信に関わる法規制の整備が、こうした機器の普及速度に追い付いていないとも言えそうですが、総務省を中心に有識者による会議も頻繁に行われており、今後の改善に期待したいところです。
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