News:アンカーデスク 2003年6月4日 01:20 PM 更新

痛快? それとも無謀?――PSPとPSXに見るソニーの半導体戦略(2/3)


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 また、携帯型のPSPは、PS/PS2とは別に、一人一台の大きな市場スケールを生み出す可能性があることは、ゲームボーイアドバンスの例を見ても明らかだ。

 現在のエレクトロニクス業界の中にあって、最新の半導体技術を自らの手に握ることができるか否かは、魅力的な製品を生み出すノウハウ、つまり“もの作り”企業としてのセンスと並んで、いやそれ以上に重要なファクターと言える。

 SCEが自社の半導体製造工場を長崎県諫早市に持つと発表した時、無謀な賭けだと評した人たちが少なくなかった。その後、東芝と合弁で設立した大分工場を含め、SCEは総額で3100億円を現在までに半導体技術に投じてきたが、今になれば、その行為を無謀だったと言う者はいないだろう。

 このことは、もちろんCELLコンピューティングに対応したアーキテクチャーを採用する次世代のプレイステーションアーキテクチャー(PS3とは、ここではあえて言わないことにする。PS3の実態がどのように提供されるのか、すなわち現在と同じゲームコンソールなのかどうか、まだわからない部分も多いからだ)にもつながっていく。

 おそらく次世代PSアーキテクチャーは、細かな演算処理単位を並列につなげていくスケーラブルなアーキテクチャーで、用途に応じてさまざまな規模、さまざまな機能、さまざまな形態を持つチップとして提供されるだろう。

 ごく小さな組込み用チップとして、あるいは強力な3Dグラフィックスチップとして、魅力的なユーザーインタフェースを実現する次世代デジタル家電用チップとして、あるいは……と、ネットワークでリーチャブルな場所に入り込んでいける。

 CELLの面白いところは、あらゆる場所に分散して存在しながら、それらがネットワークを通じてひとつの仮想コンピュータを構成することにある。次世代PSアーキテクチャを取り込んだデバイスが増えれば増えるほど、それをベースにしたCELLコンピューティングの仮想的なパワーは増大することになる。

 たとえば5月26日の『ニューヨークタイムス』には、イリノイ大学の科学者たちが70台のネットワークアダプタ付きPS2を接続し、PS2内のエモーションエンジンが持つパワーを用い、ネットワーク経由でひとつの仮想スーパーコンピュータに仕立て上げる、Linuxベースのシステム開発に成功したというニュースが掲載された。演算能力は0.5テラFLOPSで、世界の上位500位以内にランキングされる実力を発揮するという。

 CELLコンピューティングを意識したアーキテクチャーになれば、さらにスケールをアップさせることも可能だろう。イリノイ大学のPS2ベースで作られた仮想スーパーコンピュータは、総予算わずか5万ドルで作られた。このニュースは、ゲームコンソール向けの半導体チップが持つ可能性を端的に示している。

ソニーの強みは、自らが生み出す生み出す市場規模

 これら半導体技術に強く依存した製品にフォーカスするためには、他の企業への依存度を下げなければならない。

 ソニー社長兼COOの安藤國威氏は「たとえ数千億規模の巨額投資であったとしても、投資の結果、自らのビジネスをコントロールできれば、結果的に安くつく。逆に肝心の技術を他社に依存していると、自分たちに問題がなくとも他社の都合で大きな損失を被ることもある」と話し、巨額の半導体投資も、それによって要素技術を自らコントロールできるところに置けるなら、むしろリスクは少ないとの見解を話したことがある。

 ソニーは今年、自社半導体工場の90ナノメートルプロセス移行に伴う費用として320億円、CCDやLCDなどに700億円、それらとは別に2005年までの間に4000億円(うち2000億円は65ナノメートルプロセス)で、合計5200億円の投資計画を発表してる。


4月21日にはCELL生産に向けた設備投資を発表した。左から順にソニーの安藤国威社長、久夛良木社長、東芝セミコンダクターの藤井美英副社長

 こうした積極的な投資を行えるのは、そこから生まれる大量の最先端チップを、PS関連を中心とする需要だけで受け止められるだけの、大きな市場スケールを自ら生み出せているからこそだ。特にCELLベースの次世代PSアーキテクチャーは、ゲームコンソールや情報端末、デジタル家電といった垣根を超えて広がる可能性がある(関連記事)。

 CELLベースのアーキテクチャーが成功すると、そのときにはソニーのAVベンダーとしてのブランド力が生きてくるだろう。魅力的なユーザーインタフェースをPSチップ上に構築し、それをソニーブランドのAV家電に組み込めるようになり、PSシリーズのみに展開する以上のスケールを生み出せるからだ。

 先日、ソニーは経営戦略の説明会において、PS2アーキテクチャーをAV家電にも応用するPSXを発表した(関連記事)。

 PS2の持つ強力なピクセル処理のパワーを、AV機能に生かした製品だが、こうした家電製品(価格はまだ発表されていないが)を作れるのも、あらかじめPS2という巨大な市場と、それを支える半導体製造設備を持っているからに他ならない。

 久夛良木氏は「PSXはPSアーキテクチャーとソニー技術を融合させた最初の製品にしか過ぎない」と話した。もちろん、今後もPS2アーキテクチャーを利用した魅力的なユーザーインタフェース、機能を持つ製品が提案されるだろうが、その先にはCELL対応のアーキテクチャーが組み込まれたネットワーク指向の製品が視野に入っていることだろう。

 現在、世界最大の半導体ベンダーと言えば誰もがIntelと答える。PCという巨大市場に対して圧倒的なシェアを持つIntelは、PC市場を自らがコントロールできる立場にある。

 しかし近年のPC市場の行き詰まり感、市場拡大への失望感などを考えると、将来的にPS関連のアーキテクチャーが生み出すダイ面積が、PC市場の生み出す市場スケールを超えることも、決して不可能ではないように思える。

 ただ、一つだけ疑問が残る。

[本田雅一, ITmedia]

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