小寺信良
映像のプロ業界へ急速に舵を切るAppleの戦略(2/3 ページ)
専門分野で天下を取る
Appleの政策が劇的に変化したのは、スティーブ・ジョブズ氏が暫定CEOに返り咲いてからである。氏の功績は、iPodとiTunes MusicStoreに集約されがちだが、Macのほうでもドラマチックな転換を行なっている。
まずMac OS Xで従来OSの不信感を一掃し、安定性の向上に寄与した。そして自社製アプリケーションの開発を促進した。その一つが、映像編集ソフトのFinal Cut Pro(以下FCP)である。
初期のバージョンはまだまだプロが使えるようなものではなく、まあ例えは悪いが廉価版Adobe Premiereのようなものであったと記憶している。だがユーザーからのフィードバックを受け入れて加速度的に機能が充実し、多くのプロユーザーの認めるところとなった。
FCPが多くのユーザーに支持されたのは、これまでのMacの映像ソリューションと大きく違っていたからである。それは、「ソフトウェア主義」とも言えるストイックさであった。
AvidにしてもMedia100にしても、これまでMacを使った編集システムは、基本的にはハードウェア商売であった。つまりI/OボードやアクセラレータといったハードウェアをMacに組み込むことで、編集専用機としていたのである。
これに対してFCPは、Mac本体とソフトウェアだけで、十分なパフォーマンスを発揮する。実はこの仕組みは、10年前にはデメリットと言われていたメモリ依存の構造が功を奏している。つまり価格の安くなったメモリを2G~3Gバイトとバカ積みすることで、劇的に処理速度を上げることに成功したのである。
この恩恵をもっとも受けるのが、HD(ハイディフィニション)の編集・合成である。FCPは2004年にPanasonicと協業して、DVCPRO HDコーデックをサポートした。次いで2005年には、HDVフォーマットの映像をそのまま取り込んで、ネイティブフォーマットのまま編集できるようになった。さらに今年はSONY XDCAM HDも正式にサポートした。
急激にHD化する放送業界では、ビデオカメラはHD化したものの、HD対応のノンリニア編集ソリューションの開発・導入が遅れている。その中で、Mac本体だけでなんとかなるFCPの存在に、注目が集まるのは当然であろう。映像のプロにとっては、それがMacであろうがWindowsであろうが全く関係ない。安くて仕事ができれば、それでいいのである。
さらにAppleは今年6月に、ハイエンド向け合成ソフト「Shake」の大幅な価格改定を行なった。Shakeはもともとハリウッドの映画制作用として作られたインハウスのソフトウェアだが、2002年にAppleが買収した。
このソフトウェア最大の特徴は、2K、4Kクラスの映画サイズの動画を合成できることにある。これまでこのクラスの合成には、Discreet InfernoやSmoke、Flameといった、SGI Onyx2やDual-Core Opteron搭載ワークステーションクラスで動作するシステムが必要であった。金額にすると、ざっと1億円はかかるシステムである。
これに対して、メモリさえおごってやれば、パソコンクラスのMacで作業ができるのである。ハリウッド映画のような、ものすごい数の合成を大人数のチームで行なうような仕事では、バツグンのコストパフォーマンスを発揮する。
これまでShakeは、33万円という価格であった。合成のレベルを考えれば、プロユーザーにとってはこれでもひっくり返るほど安い。安すぎて逆に「納品書にゼロ1つ2つ書き忘れたんじゃないか?」と不安になるほどのレベルである。それが6月の価格改定で、6万2000円になった。これがどれぐらい現状の映像制作業界を混乱に陥れるものか、一般の方にはなかなか想像できないだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
Anthropic、自己複製AIの「兆し」を指摘 55ドルのTVボックス15台で26Bモデルが稼働
-
2
フランスのスーパー数百店舗で冷蔵設備にサイバー攻撃 温度が最高50度に上昇し食品大量廃棄に
-
3
PayPay証券、障害で日本株・ETFが売買できず 14日の予約注文も受付止まる 復旧めど立たず
-
4
国産AI「Sarashina」が無料で試せるWebサイト、ソフトバンク子会社が公開 6つのAIモデルが呼び出せるAPIも
-
5
JR東・京急・東武など鉄道7社、「磁気乗車券」廃止へ 27年春から「QR乗車券」に
-
6
相次ぐ情報漏えいの一因に「A2B攻撃」 公開アプリを解析し裏側のサーバを狙う手口、NICTが公表
-
7
AIが出力した「実在しない判例」を書籍に掲載→回収・絶版へ 琉球大教授が謝罪「研究者としてあるまじき失態」
-
8
情報漏えい深刻化に、東京都がサイバーセキュリティ強化へ 人員増強し関係機関と連携
-
9
はてな、11億円流出の調査報告書を公開 偽警察、口外禁止、残業・休出200時間超、孤立……ほころびが連鎖
-
10
「銀のさら」など、最大650万件の個人情報漏えいの恐れ アプリ注文も停止中 委託先サーバがランサム被害に
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR