小寺信良
ここまで来た、日本のハイビジョン放送の現状(3/3 ページ)
番組送出はリニアかテープか
放送のデジタル化は、2つの波を引き起こした。1つはハイビジョンに代表される高画質化と高精細化、もう1つは映像のメディアチェンジである。本格的なハイビジョン化が遅れた欧米各国では、ハイビジョン化の前にメディアチェンジの波を体験した。カメラや編集システムのノンリニア化、そして送出に至るまでのワークフローは、ITベースで大きな進化を遂げた。
一方で日本という国は、テレビだけを見ても世界中に輸出する電機メーカーが5つも6つもあるという、まれに見る家電大国である。放送局内のワークフローの革命は、コンシューマのハードウェアにおいては大した恩恵はもたらさない。また高精細テレビというものの存在は、すでに80年代からNHKの主導でアナログハイビジョン放送がスタートしていたこともあり、認知度は高い。
このような事情から、日本の放送は早めにハイビジョンという方向で走り出した。つまりそれは時代的に、テープ時代のワークフローをそのまま引き継ぐしかなかったということなのである。もちろん大きな流れで行けば、映像をファイル化し、ITでつなぐというワークフローは避けられない。それをいつやるのかは、今後の大きな課題だ。
――局内の編集設備は、リニアとノンリニアが混在するような状況ですか?
熨斗氏: 報道編集用では、ビデオサーバを母体にしたノンリニアシステムが15ブース、リニアは30ブースあります。SD時代にはあまりノンリニア化は進んでいなかったんですけど、麹町の時に4ブース、クオンテル社のシステムを入れました。そしたらかなり効果があったので、2000年の新社屋のプランニング開始時も、まだ世の中にないHDの300時間のサーバを設計して、ゼロから構築しました。
当時はそれだけでも、設計的には非常に難しい話でしたね。よく間に合ったと思いました。僕は半分ダメだと思っていたので(笑)、最悪の場合に備え、リニア編集ブースも用意しといてくださいよ、という話をしてました。
――リニアとノンリニアの使い分けというのは、どういう要因からなんでしょう。
熨斗氏: 主に素材の搬入経路という事情が大きいですね。報道では回線で入ってくる素材が、全体の6~7割を占めます。これらは全部サーバで受けられるわけですから、編集は必然的にそれに繋がるノンリニアで、ということになります。一方、取材物はテープで入ってきますから、リニア主体になるわけです。また、オンエア時間が迫った追い込み編集ではノンリニアは相当な威力を発揮します。
――番組の送出はどうでしょう。リニアでできあがったものは、やはりそのままテープで出すわけですか?
熨斗氏: 報道の挿入Vはまだテープのほうが多少多いかな。ただノンリニア送出も、「日テレニュース24」というCS放送でスタートさせています。それで信頼性を見ながら、徐々に他でも番組単位で使う、という流れにはなってきていますね。
――報道以外の番組はどうですか?
熨斗氏: 編成番組はすでにサーバ出しが多いです。テープ搬入されてサーバへHDのまま登録、さらにダウンコンしてSDの番組サーバに登録します。放送時にはこれら両方のサーバから同時に走らせて送出しています。ただ番組サーバもトラブルが起こるので、ちょっと問題があるとすぐテープだしに戻します。原因追及して対策がはっきりするまでは、何日間かはテープで、ということですね。
我々はノンリニア系を完全に信頼しているわけでもないし、かならず壊れるものだと思っています。設備的に二重投資はなるべく避けるようにはしているのですが、安全性を考えてどっちかに固めるということはしていないです。それぞれの利点を最大限利用しています。
――CMはまだHDの比率が5%とか言われています。CMの送出はいかがですか?
熨斗氏: CMもHDの比率は徐々に高まってきてはいますが、番組とは逆にまだSDで納品されることが多く、搬入素材をSDのサーバに登録、アップコンしてHDのサーバに登録というのが主流ですね。CMバンクは信頼性の問題から、HDDではなくシリコンベースのフラッシュメモリを採用しています。
映像システムはITのパワーを得たことで、飛躍的な進化を遂げようとしている。新しい色空間定義であるxvYCCといった規格も、民生機ではどんどん採用が進むが、今のところ放送業界は静観の態度を取っている。放送システムの場合はあまりにも設備規模が巨大すぎるため、どのぐらいの改修で対応できるのかが見えないこともあるが、まずはそれが放送規格化されないことには、勝手に動くわけにもいかないという事情がある。
またH.264に代表されるMPEG-4も、すでに実用レベルまで入ってきた。放送がいつまでもMPEG-2のままでいいかという議論も、当然あってしかるべきだろう。
だが放送のデジタル化は、国の政策で進行している面が大きい。したがって、日本全国フルデジタル化、そしてアナログ停波というフェーズが終了するまでは、他のことになかなか着手できないのが現状だ。アナログ停波に関する是非はあるが、もうすでにヨーロッパでは、アナログ停波を実行する国も出てきた。オランダは昨年12月に停波、フィンランドが今年8月末に停波する。
一見いいところだらけに見えるデジタル放送だが、エンコード時に発生する遅延を、サイマル放送が終了した後どうするのか。オフセットかけて実時間に合わせるのか、それとも成り行きで遅れたままにするのかは、まだ方針が出ていない状況だ。すでに停波したこれらの国の実態を見ながら、日本でも徐々に検討に入っていくということになるだろう。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は本コラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。
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