作業期間を3分の1に圧縮
スタッフ6人のデザイン会社が生成AIで起こしたクリエイティブ革新
クリエイティブ制作の作業を効率化して提案のクオリティーをいかに向上させるか。デジタルブランディングやWebサイト制作を手掛けるアイディは、アイデアの迅速なプロトタイプ化と画像合成やレタッチの工数削減という課題の解消にAI活用というアプローチを選択した。どのような成果が表れたのか。
日々の業務を効率化しながらクリエイティブのクオリティーをいかに引き上げられるか。多くの制作会社やインハウスのデザイン組織が直面する課題だ。特に、スタッフが複数の役割を兼任する環境では、日々のオペレーションに追われて時間をかけるべき「思考」や「提案」にリソースを割きにくいというジレンマがある。
そうした課題に対し、生成AIを業務に組み込むアプローチを選択したデザイン会社がある。デジタルブランディングやWebサイト制作を手掛けるアイディだ。6人の小規模なチームでありながら、「Adobe Firefly」(以下、Firefly)などの生成AIツールを駆使してアイデアの迅速なプロトタイプ化と煩雑な画像合成やレタッチの工数削減を達成した。
アイディは、いかにして生成AIを相棒に育て上げてクリエイティブ制作のフローを変革したのか。同社代表の別所誠士氏と横平明日香氏に、生成AIの活用事例を聞いた。
少人数の強みをさらに強くする アイディの挑戦
「デザインで未来を明るく」をビジョンに掲げる同社。2002年の設立以来、多岐にわたるデジタルブランディング案件を手掛けてきた。別所氏は、少人数体制の強みと悩みを次のように語る。
「当社の強みは少人数制ならではの合意形成の早さにあります。しかし、大企業と競合した際に、ノウハウや集合知の差を感じる場面がありました。少人数体制のメリットを保ちつつ、他の知見や最新技術を取り入れて補いたいと常々考えていました」
アイディが歩んできた25年近い歳月の間で、Web制作への関わり方も変化した。同社は2003年ごろから情報設計に取り組み、航空会社のWebサイトリニューアルでもデザインブリーフを作成していた。その後は代理店を通じた仕事が増え、見た目の表現に重点を置く案件が中心となったという。流れが変わったのは2011年ごろだ。別所氏は「お客さまとの直接取引が増え、情報設計をより重視したデザインへと軸足を移していきました」と振り返る。
例えばコーポレートサイトは、新規制作よりもリニューアルの需要が増えてきたという。ニーズの多様化が進む中で、企業の沿革や事業構造、IRといった企業情報や経営戦略を深く理解してWebサイトを構築することが業界の基準になった。しかし、この構造的なシフトは新たな課題を生み出した。Webサイトの見た目なら、ビジュアル表現の言語化を議論することで進められるが、経営戦略に踏み込んだ情報設計となると、顧客の担当者と制作側でビジョンや方向性から踏み込んで要件を細かく形成しなければならない。
「情報設計の段階でお客さまとの認識の相違を生まないために、当社は『概念設計』『構造設計』『機能設計』という階層に切り分けて作業しています」(別所氏)
同社が最も力を入れるのが、第1段階の概念設計だ。どんな思想に基づいてWebサイトを構築するのか。誰に何を伝えるWebサイトなのか。ヒアリングを重ねてプロジェクトの根幹となるコンセプトを顧客と共に形成する。
顧客との丁寧な対話を心掛ける一方で、提案の前段階におけるアイデアのプロトタイプ化や画像合成、レタッチなどの工数削減は長年のテーマだった。限られた人員と時間の中で、提案の質をいかに高められるか。その解決策として同社が選択したのが、Fireflyをはじめとする生成AIツールの活用だった。
「探求心」から始まった生成AIの社内実装
企業におけるAI活用は、「業務効率化のための義務感」から始まるケースも多いが、アイディは違った。きっかけは探求心と遊び心だったという。
「初期の画像生成AIツールが登場した2022年ごろから、自分の好きなテイストでイラストを生成して楽しんでいたのが原点です。生成AIがブームになった2023年ごろには、日本語で直感的に操作できるツールが出てきたことから、ビジネスに応用できるのではと感じ始めました。商用インターネット黎明期に双方向通信を体験したときと同じようなワクワク感を覚えましたね」(横平氏)
同社は全てのスタッフに生成AIツールのアカウントを付与して、アイデア出しやコンセプトの作成、画像生成、編集などに活用する体制を構築した。しかし、顧客案件に対応するクリエイティブ集団にとって、生成AIの導入には「権利関係」というハードルが存在する。意図せぬ著作権侵害などのリスクがあるとしたら、優れたツールであっても業務に取り入れられない。
別所氏は「新しいものが好きなスタッフが多く、生成AIの最新情報を収集していたこともあって、業務に生成AIを導入するハードルは高くありませんでした。しかし、商用利用が可能な契約形態や権利関係は精査しました。Fireflyを通して他社AIを使うと、こちらのデータが学習に使われないのでお客さまに提供する素材の生成や編集にも活用しやすいです」と明かす。
Fireflyの学習には、「Adobe Stock」のライセンス済み画像やパブリックドメインのデータのみが使用されており、生成された画像は商用利用可能になっている。また、全ての機能が「Adobe Photoshop」や「Adobe Illustrator」のワークフローに溶け込む形で組み込まれている。権利面がクリアになっていることと使い慣れた制作ツールからシームレスにアクセスできる設計こそが、Fireflyの使用を決めた理由だ。
制作期間を「3分の1」に圧縮したAI活用法
アイディにおける生成AIの活用法は、単なる自動化にとどまらない。思考の拡散やビジュアルのプロトタイプ化においても成果を挙げている。代表的な成果の一つが、ニュージーランド大使館のキャンペーン案件におけるビジュアル構築だ。
「ニュージーランドらしさ」や「製品が持つ空気感」を再現する際、従来は顧客ヒアリングから社内調整、初回提案までに1~2週間を要していた。しかし、画像やテキスト、動画をキャンバスに配置してスタッフや顧客と作業できる「Adobe Fireflyボード」の活用で状況は一変した。
「デザイナーの仕事は、アイデアを『拡散』して『収束』させることです。Fireflyボードを使えば、生成AIによるアイデア出しからスタッフやお客さまとの議論、最終的な決定まで一気通貫で行えます。アイデアの幅が広がったにもかかわらず、作業期間は従来の約3分の1に短縮できました。短期間で満足度の高いデザイン案を提示して合意形成ができるようになったのは、大きな成果です」(別所氏)
横平氏は、「この案件では、Fireflyで生成した画像が本番のビジュアルとして採用されました」と明かす。驚くべきは、その画像が本番用として作り込まれたものではなかったという点だ。スタッフが仮画像として生成したものが、ブランドイメージに合致していると顧客に評価されたという。
その背景には、同社が意識してきた「商用利用における安心感」への配慮があった。別所氏は、顧客との信頼構築のプロセスを次のように振り返る。
「提案の初期から生成AIを活用していることをお客さまに説明していました。Fireflyが商用利用を前提としたAIモデルであることなどを共有していたことが、採用の判断材料につながったと考えています」
技術的な課題もFireflyで解決された。
「ノベルティーとして制作した『ディスクポアラー』(ワインを注ぎやすくするシート)の使用方法を示す画像を作る必要があったのですが、お客さまから支給された素材に、適した写真がありませんでした。そこで、商用利用可能なフリー素材の角度を、Photoshopの『オブジェクトを回転』機能で変更してボトルの注ぎ口にディスクポアラーを付けた画像を作成しました。追加撮影のコストや切り抜いて合成する工数を削減できました」(横平氏)
スタイル参照による世界観の一致
Illustratorの「ベクターを生成」機能も、デザインの統一感を保ちつつ制作を効率化させている。その一例が物流企業の丸運の採用サイト制作だ。限られたコストとスケジュールで独自の世界観をスピーディーに作り出すことが求められた。
「採用サイトの制作は当初の予定になかったもので、コストや時間をできるだけかけずに制作しなければなりませんでした。そこで活用したのが、ベクターを生成です。生成ダイアログの『スタイル参照』で基準となるイラストを指定して、多様なシチュエーションに合わせたイラスト群を生成しました。従来はイラストを一から制作しなければならず、コストも時間も要していた作業です」(横平氏)
顧客自ら生成AIで作成したラフ画像を持参するケースも増えているというが、デザイナーならではのプロの視点で優先順位やレイアウトを再整理し、Fireflyなどのツールで微調整を加えて高い品質に昇華させるのがアイディのスタイルだ。
単に指示通りの画像を生成するのではなく、著作権リスクを回避しながら企業のブランディングに適したアウトプットを提供する。アドビの安全なAI基盤とプロのクリエイティブスキルの融合こそが、同社の高い提案力を支えている。
AI時代にプロクリエイターが求められる「美意識」と「妄想力」
誰でも簡単に高品質な画像を生成できるAI時代において、クリエイターの役割はどう変化するのか。別所氏は、人の思考の重要性を語る。
「AIによってデザインや美意識の底上げが図られることは素晴らしいことです。一方で、質の低いアウトプットが増えることへの警戒感もあります。AI時代のクリエイターには、美術的知見やユーザー体験に関わる思想を言語化して、クオリティーをコントロールする力が求められると感じています」
Fireflyなどの生成AIツールを使って作業時間が短縮されたからこそ、浮いた工数を、思考を深める時間に投資する。生成AIを「アウトプットの質を高める武器」として使うのが同社のスタンスだ。
横平氏も「単純な作業をAIに任せることで人はよりクリエイティブな思考やレビュー、本質的な発想に集中できるようになります。AIは思考を拡張してくれるツールであって、人は抽象化した視点でそれを別の角度や段階に高めるという“協業”を意識しています」と語る。同社は今後、独自のナレッジデータベースを構築してアイディならではのノウハウを蓄積するとともに、新しい表現に挑戦する構想があるという。
最後に2人は、これからAI活用を目指すクリエイターに次のエールを送った。
「AIは人の仕事を奪う脅威ではなく、アイデアの制約から解放して表現の可能性を広げる『仲間』です。まずは触れてみて、楽しさを実感することから始めてほしいですね」
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