「漫画から翼を奪う」と秋本治さん 都条例改正案に漫画家、出版社が反対会見
「若手が萎縮する」「両さんが普通の生活を送ることになる」――ちばてつやさんや秋本治さんら漫画家と出版社幹部が、都の青少年育成条例の改正案に反対する会見を開いた。
「私たち漫画家は、都の青少年育成条例に断固反対します!」――日本漫画家協会(やなせたかし理事長)など漫画家3団体は11月29日、講談社・集英社の幹部らとともに記者会見を都庁内で開き、東京都が再提出を予定している青少年育成条例の改正案への反対を表明した。
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の秋本治さんと、「あしたのジョー」のちばてつやさん、「釣りバカ日誌」のやまさき十三さん、麻雀漫画や社会派漫画などで知られる本そういちさんが出席。「漫画家や業界は十分に自主規制している。条例案は表現を萎縮する」などと訴えた。
漫画家と出版者幹部は会見に先立ち、最大会派の都議会民主党と意見交換会を開いたものの、「意見交換というより、一方的に説明しただけ。民主党の反応は鈍かった」という。30日開会の都議会で、条例案が可決される可能性が高まっているとみて危機感を募らせている。
会見の様子は、「ニコニコ生放送」で配信され、累計約4万件の視聴があった。
「両さんが普通の生活をするようになり、漫画として成り立たなくなる」
「条例改正案は、たった半年の間に2回も出てきた。漫画とアニメに規制をかけたいというのが最初にあるのでは」と、ちばさんは不信感をあらわに。やまさきさんも、「なぜそんなに急ぐのかというのが解せない」と同意。「改めて出すには理由が明確化されて当然なのに、伝わってこない。わたしたち描き手を飛び越えて進んでいるのではないか」と話す。
「フィクションを現行法で罰しようとすることにそもそも無理がある」(やまさきさん)とも。釣りバカ日誌のハマちゃんとみち子さんの“合体”も「(性行為を)賛美し、誇張して書いている」が、「それも、(改正案のあいまいな表現によって)判定する人によっては取り締まりの対象になりかねない」と指摘。「漫画表現は、書き手が話し合いながらクリアしていく問題で、それで解決できると思っている」(やまさきさん)と、作家や業界の自主規制を尊重するよう訴えた。
秋本さんも「漫画は誰が見るか分からないということを絶えず意識して書いている」と話す。現実の法規制などに沿って漫画の世界まで規制されると、「こち亀の両さんは、仕事中に酒も飲めず、賭け事もできず、普通の生活をするようになり、漫画として成り立たなくなる。自由度があるのが漫画の世界で、(条例案は)漫画から翼を奪う。何も描けなくなるかもしれない」。
「こういう法令が通っていたら、漫画が続けたれなかったと思う」
ちばさんが最も心配しているのは、若手の漫画家・アニメ作家への萎縮効果だ。「大学で漫画を教えているが、若い作家がずいぶん萎縮している」という。「『悪書追放』運動などを経験してきたが、こういう法令が通った状況だったら漫画が続けられなかったと思う。そういう思いをこれからの作家にさせたくない」(ちばさん)
漫画・アニメ文化の衰退の恐れもあると話す。「漫画は悪書追放やコミック不買運動などで叩かれ、すそ野をどんどん削られ、山の形が崩れそうになっている。自由な表現ができて初めて文化が育つと理解してほしい」(ちばさん)
石原慎太郎都知事にひと言、と問われたちばさんは、「都知事がどういう作品を書いてデビューしたかはみなさんご存じだと思う。表現は自由ということで、小説が世に出て話題になり、若者の支持を得た。そういった原点は忘れないでほしいと、表現者として言いたい」とチクリと刺した。
本さんは、虐待などで心に深い傷を負った受けた子どもたちに、漫画などを通じて支援する活動「Be Smile Project」の代表として、「このような規制が行われることで、そういった子どもが1人でも少なくなるかと考えると、そうとはとても思えない」と指摘する。
「これ以上何をすればいいのか」
会見では記者から、「業界の自主規制が不十分だったのでは」という質問が何度もあり、業界団体を通じて自主規制を行ってきたという小学館・講談社の幹部は、「これまで十分な自主規制を行ってきた」と説明を繰り返ていたが、都による説明とは一部食い違いもあったようで、記者たちは、納得し切ってはいない様子だった。
業界の自主規制の例として、18禁ではないがグレーゾーンの書籍について、上下2カ所をシールで止めて簡単には中身を見られないようにしたり、第三者機関「出版ゾーニング委員会」を設置するなどの取り組みを挙げ、「これ以上何をすればいいのか」と思えるほど努力してきたという。それでも不十分という指摘にも耳を傾ける方針で、さらなる自主規制に向けた検討も行っているという。
前回の改正案では反対に回った民主党が、今回の改正案では賛成に回る可能性があるとみられている。出版幹部と漫画家が会見に先立ち、都議会民主党と意見交換会を開いたが、「意見交換というより、一方的に説明しただけ」で終わったという。
都議会民主党の態度が変わったのは、PTAなどが各議員の地元で行った会合などが影響しているのでは――と出版幹部らは推測。都の青少年課には昨年9月から警察庁からの出向者が増えたといい、治安対策の一環として条例改正案が出たのでは、と見る向きもある。
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