「初回ロット即完売」に釣られる:牧ノブユキの「ワークアラウンド」(2/2 ページ)
「初回ロット即完売」「初回入荷分が即日完売」といったフレーズで売れ行きが好調と判断するのは早計だ。ええ! どうして! だってお店にぜんぜんないじゃん!
初回ロットはなるべく減らしたいメーカーの思惑
初回ロットの数を減らすことは、メーカーにとっても都合がいい。主にPC周辺機器に限定したところで説明すると、1つに設計の問題がある。生産スケジュールが間に合わず、最新のファームウェアをいきなり量産品に適用したり、部材の一部を直前に変更したことが災いして、量産品で想定していなかった不具合が出ることはよくある。もし、初回ロットで大量に生産していれば、不良品も大量に発生する危険がある。そのため、初回は最小ロットにしておいて、メーカーとしてもリスクを減らすようになる。
もう1つは生産上の問題だ。少ない数を手作業で組み立てるプロトタイプと、本番のラインで生産する量産型とでは、設計レベルで問題がなくとも、組み立てや梱包といったプロセスで思いもしなかった不具合が出る場合がある。例えば、プロトタイプの段階では国内の協力会社で組み立てていたのが、量産開始時には人件費が安い海外の工場を使ってうまくいかないパターンだ。こうした場合も、初回ロットの数は少なくしておくと傷口が広がらずに済む。ファブレスメーカーで、担当するのが新規に取引を行う工場だったりした場合は、なおさらだ。
さらに、キャッシュフローの問題もある。新製品の販売数量はとにかく予想が難しい。過去の類似製品における出荷データと照らし合わせることは可能だが、まったく新しい市場を開拓するような製品であれば、参考にできるのは販売店が保有する競合メーカーの同等製品におけるデータだけ、といったこともありうる。大量の部材を仕入れて、それがまったくさばけないようでは、会社の資金繰りにも影響するし、部材を供給する側も不安だ。それゆえ、初回ロットは、たとえ原価が割高になったとしても、小ロットで回すのが大原則だ。
こうした条件に加え、先に述べたような「品切れ」を作り出したいというマーケティング的な事情があれば、取る道は1つだろう。もちろん、営業部の力が強くて販売店からのオーダーには必ず応えなくてはいけないといった事情により、やむなく一定の台数を生産せざるを得なくなることはなくはない。その場合も、それが新ジャンルの製品であればあるほど、なるべく少なくしておきたいという思惑が働くのは自然なことだ。
うわべにだまされる「情報提供者」たち
といったわけで「初回ロット即完売」というフレーズは、それが真実であったとしても、母数が分からなければ評価できない。「店頭で売り切れていたら売れ筋、山積みでストックされていたら死に筋」は必ずしも正しくない。また、色によって売れ行きが違ってくるカラーバリエーションなどは、メーカーの側で生産数に差をつけているのが普通であり、店頭の在庫だけでは判断できない。集計店舗にメーカー直営店などが含まれなかったとしても、BCNやGFKなどのランキングが、よっぽど信頼できる。
Twitterなど速報性の高いメディアの普及で、誰でも瞬時に情報発信ができるようになったことから、こうした店頭における“うわべの状況”にだまされてしまう情報提供者は後を絶たない。ネット上に「どこどこの店で完売していた」「予約が殺到していて次回入荷分も追いつかないらしい」などといったコメントがあっても、事実と推測を切り分け、そこに何らかの売る側の思惑が絡む余地がないか疑ってみるのが、正しい市場評価といえるだろう。
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