なぜ象印は20年前から見守りサービスを続けているのか:古田雄介のデステック探訪(1/2 ページ)
不測のデス(death)をテクノロジーで防ぐのもデステックだ。2001年から通信技術を使った見守りサービス「みまもりほっとライン」を提供している象印マホービンに、その狙いを尋ねた。20年以上続けるのはだてじゃない。
電気ポットの使用履歴で安否を確認する
お茶を入れたりカップラーメンを食べたり、お湯割りを作ったり。1人で暮らす親が電気ポットを使うと、その履歴が本体に記録されて、遠方で暮らす家族に1日最大3回送信される。
それが電気ポットを使った見守りサービス「みまもりほっとライン」の基本的な仕組みだ。見守られる側がいつもの感じで使っているなら、見守る側もメールを見るだけで普段通りに過ごしていることが分かるし、何か異変を感じたらいち早く行動に移ることができる。
利用するには、主に見守る側となる契約者が「象印ダイレクト」で「みまもりほっとライン契約」を注文する必要がある。見守られる側である利用者宅の住所を記載すると、そちらにLTE機器が組み込まれた電気ポット「iポット」が届く流れだ。
通電さえすれば通信機能が有効になるので、利用者はごく普通の電気ポットとして使うだけでいい。Wi-Fi環境などもいらない。
象印ダイレクトの「みまもりほっとライン」注文ページ。リニューアルに伴い、新規契約の受け付けは2023年5月10日からとなる,象印ダイレクトの「みまもりほっとライン」注文ページ。リニューアルに伴い、新規契約の受け付けは2023年5月10日からとなる
契約の初期費用は5500円(税込み、以下同様)で、使用料は月額3300円となる。ただし、最初の1カ月はお試し期間として無料で使える。電気ポットもレンタルなので端末代はかからない。レンタルとはいえ手元に届くのは新品で、5年に1回は新しいものに交換される。
象印マホービンは、このサービスを2001年3月から提供している。2001年といえば、世帯主のインターネット利用率が50.1%とようやく過半数に達した年だ。日本全体で占める高齢者の割合は18%で、2022年の29%よりも1割以上少ない。まだ見守りサービスというジャンルすら確立されていないこの時期からスタートし、2023年4月現在まで累計1万3000件以上の契約実績を積み重ねてきた。
なぜそこまで早くから見守りサービスを始め、今日に至るまで継続できているのか。それを知るために、同社が出展しているという介護産業の展示会「東京ケアウィーク'23」に足を運んだ。
開発には社内の大半が反対した
同社CS推進本部で、みまもりほっとラインのシニアアドバイザーを務めている樋川潤さんは、開発当時の社内の雰囲気をこう語る。
「大半が反対していたと聞いています。通信を使った見守りの仕組みを構築するには高度な専門技術が必要ですからね。そこで唯一、推進の立場を取っていたのが創業者の孫にあたる市川典男で、現在の代表取締役です。『これからの時代に向けて絶対にやるべきだ』と主張したそうです」(樋川さん)
そもそもの開発のきっかけは、1996年までさかのぼる。当時、重度の病気を患う息子を自宅で1人看病していた老母が急死し、その後息子も亡くなり、2人が1カ月後に発見されるという事件が東京で起きて話題となった。そのニュースにショックを受けた医師が同社に「日用品を利用して、ご高齢者の日々の生活を見守る仕組みができないか」と相談したのが事の始まりだったという。
市川さんの音頭の元、そこからNTTドコモ関西や富士通の協力も取り付けて、5年かけて完成にこぎ着けた。提供を始めてみると世間の反応は上々で、毎年右肩上がりに契約者数を伸ばし、年に5000件の新規契約を得る年もあったそうだ。
しかし、東日本大震災を機に契約数は下降線をたどるようになる。
「震災を機に親御さんと同居する人が急増したことで、解約が相次ぎました。その後は微減傾向が続いています」(樋川さん)
日本は2007年に高齢者率21%超えの超高齢社会に突入し、2001年に320万弱だった65歳以上の単身世帯は2019年に700万世帯を突破した。見守り需要は着実に高まっている。しかし、市場が拡大したことで競争が激化。みまもりほっとラインも厳しい戦いを強いられている。
2023年5月に提供開始以来の大規模なリニューアルを実施するが、そこには現況を打破する狙いが込められている様子だ。
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