「量産型よりも優れたプロトタイプ」って実在する?:牧ノブユキの「ワークアラウンド」(2/2 ページ)
アニメの世界ではありがちな「量産型よりも高性能なプロトタイプ」。このようなモデルは、現実世界、例えばPC周辺機器において実在するのだろうか?
企画担当者が趣味で作った「俺スペシャルモデル」
以上がPC周辺機器業界における例だが、冒頭で述べたロボットアニメの世界でも、公式設定なのか否かは別にして、多かれ少なかれ似たような理由付けが存在しているものと考えられる。スポンサーの圧力などによるご都合主義に見えて、プロトタイプより性能が低い量産モデルというのは、それなりに現実の開発状況をトレースしていてリアルこの上ない。もちろん、なぜそこに主人公が偶然乗り込むのかは、また別の話ということになる。
ところで上に述べたような「量産品よりはるかに高性能なプロトタイプ」で、レアというか故意というか、とにかく特殊な例外が存在する。それは、評価試験の終了後に企画担当者が自分でコッソリ引き取ることを前提に、規格外の「全部入り」スペシャルモデルを発注する場合だ。
プロトタイプは決して1台だけ作られるわけではなく、耐久試験用、落下試験用、熱対策試験用といったように、複数を発注するが普通だ。同じスペックのものを複数用意する場合もあれば、部品の組み合わせを変えたモデルをいくつも用意し、その中から最適解を選ぶこともよくある。
後者のケースにおいて、製品の企画担当者は、量産型に採用する可能性がまったくない部品を組み込んだスペシャルモデルを密かに発注する。「こういう部品の組み合わせも試したいから、ちょっと1台オーダーメイドで作っておいてよ」といった大義名分で、製品化できない特注品をこしらえるわけだ。そして、評価試験はそこそこに、終わったあとで自分で引き取って私物化する。市販されておらず、量産品の性能をはるかに上回る、スペシャルモデルが手に入るのである。文字通り、企画担当者の「役得」だ。
この背景には、プロトタイプは会社の資産としては計上されても、在庫としては計上されないという“からくり”がある。企画担当者が「プロトタイプは評価試験終了後に廃棄しました」とか「バラして別の試験に使ったので、組み上がった形では現存していません」などといった理由を社内に通せば、俺仕様なプロトタイプがまるまる手に入ってしまうのだ。予算を管理している企画担当者本人がこれをやると、たいていの場合は発覚せず、トータルで動かす金額の大きさからするとたいした問題ではない。
メーカーの開発部門には、研究のために購入して分解したライバルメーカーの製品や、耐久試験でボロボロになった自社製品まで、出どころの分からない多種多様なパーツが転がっている。本来は資産であっても、すでに廃棄稟議が承認されていて存在しないことになっていたり、出どころそのものが不明瞭こともしばしばだ。量産品が無事に製造ラインに乗り、開発が一段落すると、こうした余剰部品の存在はうやむやになる。このうやむやに紛れて、手元に温存していた“俺様スペシャルモデル”を、“ピー”してしまうというわけだ。
そんなわけであるからして、ロボットアニメの劇中でどう見ても量産化を考慮していないデザインスペシャル機体が存在していても、これは、実際のメーカー的観点から見るとなんら不思議ではない。評価試験のためだけに作られる実験機まで含めると、こうしたモデルはそれほど珍しいわけではないのだ。担当者レベルの「ワルノリ」ともいえるケースも含めて、量産品をはるかに上回るプロトタイプが存在する背景は、現実の世界のも確実に存在する。
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