Macは30年を経ても「最高の自転車」であり「最良の紙」:Mac 30年の歩みを林信行が振り返る(4/4 ページ)
個人のクリエイティビティを増幅するコンピュータ、Macの30年を林信行氏が振り返る。Macは何が“特別”なのか。
作られ方からして違うパソコン
Macで変わらないのは、こうした「特質」そのものだけでなく、それを実現するスタイルもそうだ。
Macは初代の製品から、今に至るまで、ハードとソフトが一体になっている。アップルという会社がハードとソフトの両面からのブラシュアップで、この製品を「最良の紙」に仕立てているのだ。
例えば、高性能なプロ用MacのMac Proは、負荷の高い画像・映像加工が求められるからと、デュアルGPU搭載の仕様が生み出され、それにあわせて2つのGPUを最大限活用できるようにOS側も手直しを行なう。
しかも、ハードであれば最新のMac Proに搭載されたメモリが本体色にあわせて真っ黒になっていることに象徴されるように細かなディテールにまで徹底的にこだわって作っている。
ソフトで言えば、みなさんは書類ウィンドウを画面の隅っこに置いた状態で「保存」操作をすると保存先を指定するシートの中心がズレないように、書類ウィンドウがヒョイっとちょっとだけ移動して、保存後、また元に戻るのをご存じだろうか。
あるいはウィンドウ左上の「黄色い」ボタンを押してウィンドウをドックにしまうとき、シフトキーを押しながら操作すると、この動作がスローモーションで楽しめるのをご存じだろうか。スローモーションで見てみると、ウィンドウがドックに吸い込まれるアニメーションが、いかに細かく作られているかを堪能できる。
これ以外にも、トラックパッドに置いた指のピンチアウト操作(5本の指を広げる)でデスクトップを表示するときの1つ1つのウィンドウの細かな動きの演出など、MacのOSは「こんなところ、どうでもいいんじゃないの?」というようなところに至るまで、ものすごく手間ひまをかけている。
それでいて、普段、Macを使っているときにこうした演出を意識しないのは、これが製品の作り込みをアピールするための作り込みではなく、製品がまるでそういう特質を持って生まれた生き物(あるいは自然物)であるかのように、自然な振る舞いを実現する方向性で練られた演出だからにほかならない。
Macの開発では、ただ技術やギミックを寄せ集めてくっつけているのではなく、開発に関わっている全員が(場合によってはユーザーも)「Macだから、こうあるべき」というイメージを持っており、何か新技術やしかけを付け加えるにしても、ただ付け加えるだけでなく、加えた後、しっかり全体になじませる努力が払われている。これが、ほかの製品との違いを生み出すのだ。
Macの作られ方でもう1つ、ほかのパソコンと違うところがあるとすれば、それは他社の多くの製品が激しい競争の中、「ライバルより速く」や「ライバルより安く」、「ライバルよりも変わった形、変わった色」でと比較の中で作り出されるのに対して、Macはそれ自体の絶対的な基準で作られていることだろう。
Macを発表する場面では、他社のパソコンと比較をすることもあるが、おそらく開発段階では、その時点で利用できる最高の技術、最高の性質を使って、今の時点で「最上質な紙」を実現しようという姿勢で作られているはずだ。
Mac 30年の歴史で、Macの性能や表現の幅も格段に進化したが、それにあわせて世の中でパソコンが使われる場面も驚くほど広がった。2007年からはアップル製品にiPhoneやiPadも加わり、日常のもっと小さな場面でも情報を獲得したり、消費したりといったことが行なわれ、人々のライフスタイルまでデジタル化が始まっている。そんな時代でも、こうしたデバイスで消費されるためのコンテンツを作る「クリエイティブ」な作業をする道具としては、おそらく多くの人が最も理想的なパソコンとして「Mac」の名前を挙げるだろう。
これまでの30年間も、そしてここから続く時代も、人々の創造性を引き出す最高の道具であることが、常に変わらないMacの特徴なのかもしれない。
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