Appleのイベントで感じたリアルとアナログの適度なバランス そして日本の存在感:WWDC22(1/3 ページ)
AppleのWWDC22がスタートした。2022年はオンラインだけでなく、一部の開発者やメディアなどが本社のApple Parkに招かれ、ハイブリッド形式で行われている。現地に飛んだ林信行氏が見たものとは?
Appleによる、毎年恒例の世界開発者会議(WWDC:Worldwide Developers Conference)。コロナ禍に入ってからはオンライン開催という形を取っていたが、2022年はオンラインに加え、抽選で選ばれた開発者がApple本社「Apple Park」に招かれて交流する、1日きりのリアルイベントとオンラインでのセッションというハイブリッド形式で行われた。
WWDC22はオンラインに加え、Apple本社の「Apple Park」にあるRingビルの屋外テラスでもリアルイベントが行われた。ティム・クックCEOも、リアルであいさつした後はスクリーン内での登場となった
Appleが示したデジタルとアナログの新しい融合スタイル
リアルイベントの会場となったのは「Ringビル」だ。360エーカー(約44万坪)の広大なApple Parkの北側に位置するドーナツ状(4階)の建屋で、建築設計は英国の建築設計事務所「Foster+Partners」である。外周は約1.6Kmあり、グルッと外側を1周しようとすると徒歩では15分ほどかかる。
Ringビルはもともと、人と人、そして人と自然とのつながりを重視している。エレベーターによる高層の本社ビルでは、人の交流がエレベーターでしか発生しない。これに対してRingビルでは、従業員の水平移動を増やすことで、技術者とデザイナー、マーケティング担当者と他の部署の人など、異なる部署の人材間で日々の交流が起きやすい設計になっている。
Ringビルは内周、外周のどちらも巨大なガラス窓になっており、常に外に広がる広大な自然とのつながりを感じさせる構造になっている。
IT企業というと、世界の人々が過ごす1日24時間のうちの何時間を、自社のデジタル情報空間に縛り付けられるかを気にかけ、少しでも縛り付ける時間を長くしてもうけを増やそうとする会社も少なくない。
これに対して、AppleはIT企業でありながらも、常に人間中心の設計を、製品デザインの基礎としている。人々を画面に閉じ込めるのではなく、まずは健康的な暮らしを前提にし、それをデジタルでサポートするという姿勢で知られている。
使う人が仕事に集中できるように、関係のない通知を遮断する「集中モード」、日々、iPhoneやMacをどれだけ使っているかをグラフで示して、パソコン漬け、スマホ漬けの習慣を控えるように促す「スクリーンタイム」などは、まさにそうした考えを象徴する機能だろう。
Appleの本社ビルの設計からは、まさにそういった人間中心の設計思想と通底する価値観を感じ取ることができる。
さて、この巨大なRingビルでWWDCの基調講演会場となった、Caffe Macsと名付けられたカフェテリア(社員食堂)だが、ここは建物の内側と外側のつながりを最も強く感じられるエリアだ。
というのも、このエリアの外周は4フロアを貫く巨大な湾曲ガラスのスライドドアになっているのだ。開口部が巨大なので、開いた状態では、どこまでが建物の中で、どこからが建物の外かが分からなくなるが、基調講演ではこのスライドドアを開いた状態で、建物の外と中に巨大スクリーンを通して行われた。
イベント冒頭、外庭に置かれたスクリーンの前にティム・クックCEOとソフトウェア担当上級副社長のクレイグ・フェデリギ氏があいさつも兼ねて登壇したが、その後、すぐに降壇し、その後の基調講演は、あらかじめ収録した映像として上映された。
最初はせっかく現場にいるのに「なぜ映像?」と思う部分もあったが、実はそのおかげで遠くの席からでも登壇者の顔がハッキリと見えたり、中盤で登場したサバイバルホラーゲーム「バイオハザード ヴィレッジ」を開発するカプコンの伊集院勝氏が日本語でスピーチをしていたりするにも関わらず、字幕のおかげで世界中の開発者がその内容を楽しめ、喝采を受けて歓迎されたりといったメリットも感じられた。
このイベントスタイルには、元Apple ワールドワイドマーケティング担当上級副社長で現在はAppleフェローの称号を持つフィル・シラー氏がアドバイスをしていたようで、イベント後に「今後に向けての実験的な試みだった」と語っていた。まさに、デジタルとアナログのいいとこ取りをした新しいイベント実施方法の1つとして、大きなポテンシャルを感じた。
もっとも、だからと言って、ただ「参加者を集めて講演映像をパブリックビューイング」という表層の部分だけを、そのままコピーしても同じ体験は得られないとも思った。
炎天下でハッキリ見える極めて高輝度なディスプレイや、あれだけ多くの参加者が安定して使えるWi-Fi環境の用意や、実は裏の部分をしっかりしているからこそ、ハイブリッドでありながらもデジタル映像での情報提供すらも一切の不快さや物足りなさを感じずに体験できた。
講演者の声も音楽やゲームの音響効果なども含めたサウンドも、極めて自然かつクリアに聞こえた。この全く不満を感じないということは、実はかなり珍しいことで、裏では膨大なシミュレーションやテスト、調整が重ねられていたことを意味する。
こういった試行錯誤の洗練があってこそ、良い体験ができる。それを一番よく知っているのが、ミクロン単位の外装の違いにも製品の見た目や手触りの印象の違いを感じ取り、洗練を重ねるAppleの製品デザインに通底するものだ。「リアルの体験が何よりも大事」と知っているAppleの強さであり、他の会社が簡単に真似できるものではないとも感じた。
この発表会の前に、技術好きの人たちの間では「今回こそAppleがARグラスを出す」というウワサがまことしやかにささやかれていたようで、筆者は「今日実現可能なレベルの技術で、安易にそんな製品を出して欲しくない」と危惧していた。このイベントを体感した後では、Appleなら本当に万人が納得できる良い体験を突き詰められるまでは、安易にARグラスを商品化などしないでくれるだろうと逆に信頼でき、安心した。
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