Appleのイベントで感じたリアルとアナログの適度なバランス そして日本の存在感:WWDC22(3/3 ページ)
AppleのWWDC22がスタートした。2022年はオンラインだけでなく、一部の開発者やメディアなどが本社のApple Parkに招かれ、ハイブリッド形式で行われている。現地に飛んだ林信行氏が見たものとは?
Apple Park内でひそかに存在感を示していた日本発の製品
さて、WWDC22における日本企業で、もう1つ控えめながら圧倒的な存在感を示していたのが広島の家具メーカー「マルニ木工」だ。
Apple Parkの一般来場者も入れるVisitor Centerを含むほぼ全てのビルに加え、世界中のApple直営店でも導入されている木製の椅子「HIROSHIMAチェア」のメーカーである。
Appleの前デザイン責任者であるジョナサン・アイブ氏が、「人々はどんな椅子に座っているかで、人々の会話の性質も変わってくる」とデザインチームの家を訪問しあって、さまざまな家具を試し続けた結果、最終的に「(この椅子が)美しい食卓の椅子であったり、とてもカジュアルだったりと、異なったアーキタイプ(原型)を橋渡ししてくれる存在だったから」と、HIROSHIMAチェアを選択。椅子のデザイナーは深澤直人氏で、かつてサンフランシスコでApple製品のデザインも多く手掛けたデザイン会社「IDEO」の初期のメンバーであり、今から25年前となる1997年に発売となった「20周年記念Mac」のデザインをジョナサン・アイブ氏と共にまとめた人物でもある。
アイブはデザイン誌「AXIS」で行った深澤直人氏との対談で、この椅子を深澤氏による本社への「最高に素晴らしく美しい貢献」だと称えている。
Appleは本社ビルの竣工にあたって、6000脚のHIROSHIMAチェアをオーダーした。それまでにそれほど大量のオーダーを受注したことがなく、マルニ木工は急きょAppleのために増産体制を整えて、この大量受注に応じた。
そんなHIROSHIMAチェアが世界でも最も多く「群」として並んでいるのが、Apple ParkのRingビル内にあるカフェテリア「Caffe Macs」だ。まさに今回のWWDC基調講演の会場でもある。
ズラッと並んだHIROSHIMAチェアの上に、筆者と個人的にも知己のあるウクライナ出身の開発者やアムステルダムを拠点とする開発者など、世界中から集まった開発者が腰掛け、Appleの最新の発表に耳を傾ける様子は少し感動的でもあった。
日本から開発者も数名現地参加をしているようで、Twitterで「#WWDC22」のハッシュタグで検索をすると、いくつかの投稿を見かける。参加の開発者は基本的に抽選で選ばれていたようだが、それ以外にもいくつか重要開発者の枠があったようで、確認できていないが日本のファッションテック系企業やデジタル庁の人々も、その枠で呼ばれていたという情報がある。
WWDCのiOSに関する発表では、iPhoneのウォレット機能が身分証明証代わりとして使うための技術なども紹介されたが、こうした取り組みは政府の協力なしには実現し得ない。もし、情報通りにデジタル庁の関係者が参加していたのであれば、「世界に比べて遅れている」と言われがちな日本で、プライバシーに配慮しつつも、最も先進的な技術で世界をリードし続けるこのようなAppleの技術を日本でもいち早く公認してほしい。
ちなみにデジタル身分証明は、米国ではアリゾナ州とメリーランド州に加えて、現在、11の州が導入に向けた開発を進めているところで、まずは空港のセキュリティーチェックポイントでの身分証明として実証実験が進められているという。
iOS 16のデジタル身分証明はアプリに対しても利用でき、例えばUber Eatsを使ってお酒などを頼む際に、指紋認証のTouch IDや顔認証のFace IDで本人確認をして、お酒の購入が可能な年齢であることを証明できる。
これまでの実生活で使われていた、運転免許証といったアナログ身分証明を提示する方法では、ただお酒を買うためだけに自分の年齢や自宅住所などのプライベート情報まで店員にさらす危険があった。しかしこの技術では、実年齢すらも明かさず、ただ「お酒が買える年齢か否か」だけを証明する形で、しっかりと要件を果たしつつも、Appleが最重要視しているプライバシー情報の保護もしっかりと実現している。
テクノロジーを使うからには、きちんとデジタルテクノロジーならではの良さをうまく引き出している点がなんとも素晴らしく、Appleがただの「技術主導」で突き進む他の多くのIT企業とは異なり、まずは健全で良い生活、健全で良い社会を標榜し、そのための技術をしっかりとデザインしている会社なんだと実感させられる。
そうした技術を、納得のいくクオリティーにたどり着くまで洗練を重ねて、初めて世に送り届けるのがAppleだ。他のIT企業のように、中途半端な品質のものでもとりあえずリリースしてしまうという雑なことはしない。それだけに写真中の文字を認識するライブテキスト機能や、高精細なAppleマップの表示対応など、日本には、まだ対応してくれない機能が多いのが非常にもどかしい部分もある。
ただ、これは決して日本を見捨てているからではなく、逆に日本ユーザーの厳しい目に応えるべく、今も鋭意技術のブラッシュアップを重ねているからだと信じて、期待値を高めて待つことにしたい。
なお、WWDCで発表されたその他の技術の詳細については、製品リリースが近づいたタイミングなどで、さらに詳細に取り上げていきたい。
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