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iPhoneの強みを反映した「Apple M2」登場 Appleの「黄金パターン」に弱点はあるのか?本田雅一のクロスオーバーデジタル(1/2 ページ)

AppleがMacにおいて自社設計のSoC「Appleシリコン」を採用する動きを強めている。Appleシリコンの展開において重要なのはiPhoneや一部を除くiPadで採用されている「Apple Aチップ」である。それはなぜなのか、ひもといていこう。

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 少々昔の話となるが、2010年に「なるほどな」とふに落ちた出来事があった。当時、AppleはiPhoneの「App Store」において成功の道を歩み始めていた。そのタイミングで初代の「iPad」が登場したのを見て、この成功をハードウェアとソフトウェアの両面で広げようとしていることが明らかだったからだ。

 その後、iPhoneとiPadはしばらくiOSという共通のOSを採用していたが、2019年9月にiPad向けのOSは「iPadOS」として分離されることになった(参考記事)。そのことからも分かる通り、スマートフォンとタブレットは基本的には別ジャンルの製品である。さらにいえば、タブレットは「コンテンツを楽しむことをメインとしたタブレット」と「クリエイティブな作業を支えるタブレット」に細分化可能で、それぞれに求められる機能や特徴は異なる。

 そんな中Appleは、iPhoneファミリー(スマートフォン)とiPadファミリー(タブレット)において、SoC(半導体)、ソフトウェア、製品ハードウェアの設計/構造や生産技術などに一定の共通性を持たせつつ、それぞれのジャンルにおいて求められる製品性を磨き込む戦略を取っている。このことが同社にもたらすメリットは、何よりもiPhoneが持つ圧倒的なスケールメリットを他の製品ジャンルにも展開しやすいことにある。iPhoneをより魅力的な製品にするために大きな開発リソースをつぎ込んで使った要素技術や機能セットを、横展開しやすいということである。

 Appleが6月10日(米国太平洋夏時間)まで開催していた「Worldwide Developers Conference 2022(WWDC22)」は、まさしくその強みを開発者にアピールするイベントだったといえる。簡単にいえば、全てをApple製品で固めれば自然に心地よく使えるという要素を数多く紹介していたのだ。

 Apple製品間の連携機能の強化は、ここ数年のトレンドではある。しかし、Macも自社製SoC、つまり「Appleシリコン」に移行してからはその動きが加速しつつある。OSへの実装面での動きは別の機会に譲るとして、今回は第2世代のAppleシリコンこと「Apple M2チップ」についてもう少し詳しく見ていこう。

M2の概要
Apple M2チップの概要(基調講演より)
MBA
Apple M2チップを搭載する第1弾製品である新型「MacBook Air」

「Apple Aチップ」をMac、iPad Proに最適化

 PC向けCPUの大手企業であるIntelはかつて、CPUのモデルチェンジを時計の進みになぞらえて「Tick Tock(チクタク)」と表現していた。簡単に説明すると、まずアーキテクチャを刷新したCPUをリリースした後、そのアーキテクチャを洗練(改良)したCPUを世に送り出し、次の新製品で新しいアーキテクチャのCPUに移行する、といった具合だ。まさにチクタクチクタクと時を刻むようにモデルチェンジとマイナーチェンジを繰り返していた。

 このTick Tockモデルに当てはめると、従来の「Apple M1チップ」はTick、新しいApple M2チップはTockに相当する。つまりM2チップはM1チップを洗練したもの……なのだが、Appleの半導体戦略には異なる“アクセント”が存在することを念頭に置かなければならない。

 IntelのCPUや、スマートフォン向けにおいて大きなシェアを持つQualcommのSoCには、CPUやSoCを採用する「製品メーカー」という顧客が別に存在する。それに対して、AppleのSoCは自社製品に使うために開発されたものであり、部品メーカーとしての顧客は存在しない。開発に当たって直接気にすべき相手は最終製品を購入する消費者ということになるため、製品が消費者にとって魅力的となるようにSoCを設計/開発すればいい

 最終製品のメーカーは、消費者に選んでもらうためにどう改良し、何を追加しなければならないかをよく知っている。最終製品の改良、進化に必要な要素を半導体設計にさかのぼって作り込めるわけだ。

Tick Tockモデル
Intelがかつて採用していた「Tick Tockモデル」のイメージ図。新しいプロセスルール(アーキテクチャ)のCPUをリリースした後、同じプロセスルールの改良版を投入し、その後に新プロセスルールのCPUに移行……といったサイクルを繰り返していた(参考記事

 ここで生きてくるのが、iPhoneの販売シェアが高いことである。

 Appleは、iPhoneをより魅力的にすることにフォーカスしてiPhone向けのSoC「Apple Aチップ」を開発してきた。各種機能ブロック(CPUコア、GPUコア、Neural Engineなど)の改良/積み上げは、毎年のようにように行われている。SoCの製造開始のタイミングで最も進んだ半導体製造プロセスを先んじて利用していることも特徴だ。

 機能ブロックの改良/積み上げは、より優れた画面効果、3Dグラフィックスの描画、映像の処理、音声の処理……といった具体的な用途と必要なソフトウェアの開発と合わせて行われる。

Apple A15 Bionic
iPhone向けの最新SoC「Apple A15 Bionicチップ」は、先代の「Apple A14 Bionicチップ」と比べると主にGPUコア回りに改良が施されている

 Macに採用される「Apple Mチップ」は、Apple Aチップで行われた機能ブロックの改良/積み上げやソフトウェア開発の成果を共有しつつ、異なるジャンルの製品(PCやタブレット)として不要な機能は削り、必要な機能は追加しつつ再構築したものと見ればよい。例えばThunderbolt 3/4への対応や大容量SSDの接続といったインタフェースの拡張は「必要な機能の追加」である。「M1 Ultraチップ」で活用された複数ダイのインターコネクト機能もそれに当たる。

 WWDC22において披露された「macOS Ventura」の新機能の1つとして、内蔵カメラの映像で背景をボカす「ポートレートモード」が追加されている。これはシングルカメラ構成のiPhoneで使われているNeural Engineを用いた被写体の認識、切り抜きと背景ぼかしを応用した機能だと思われる。音声処理における「声にフォーカス機能」も、iPhoneにおいて通話品質を高めるために使われるマルチマイク技術などを生かした機能といえる。

 このようにAppleが(多くはiPhone向けに)開発した半導体技術と信号処理技術を、各製品の商品力向上につながるよう吟味し、用途ごとに最適な構成にアレンジして搭載しているのだ。

 Appleは、MacとiPad Proを合算したとしても「パソコン」というジャンルにおいて多数派とはいえない。それでも独自性を備える製品を世に送り出せるのは、iPhoneを軸にした応用がしっかりとなされているからである。

 なお、iOS 16、iPadOS 16、macOS Venturaのパブリックβテストは7月に始まる予定である。パブリックβ用にテスト機を用意できる人は、これらのOSを実際にテスト運用してみれば全ジャンルの製品を貫く共通の機能性、実装品質の高さと、ジャンルごとに異なるニュアンスで機能を作り込んだきめ細やかさを感じられるだろう。

インターコネクト機能
M1 Ultraチップは「Apple M1 Maxチップ」のダイを独自のファブリック技術で直結した構造を取っている
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