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マスメディアとインターネットの対立関係は、どこへ向かうのか(2/3 ページ)

» 2008年01月05日 12時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]

ロングテールからマジックミドルへ

 考えてみれば、ロングテール領域でマネタイズできるのは、ロングテール領域のプラットフォームを提供している側だけだ。つまりはGoogleとAmazonである。ロングテールのコンテンツを作っている側――小さなブログを運営している個人や、売れない書籍や音楽CDを作っているクリエイターは、従来ではあり得なかった規模のアテンションをネットの中で得られるようになったけれども、収益規模はごくささやかなものにとどまっている。一方で、そうしたロングテールのコンテンツのプラットフォームを提供しているGoogleやAmazonは、巨大な収益を打ち立てている。このプラットフォームの呪縛から逃れようとすれば、みずからプラットフォームとなるか、そうでなければロングテールから脱してマジックミドルを目指すしかない。

 端的に言ってしまえば、マジックミドルというのはターゲティングされた領域である。そしてこの領域が最も大きな収益源となり得ることを、多くの人が気づき始めている。

 だから「塵も積もれば山となる」の塵だったロングテールの平野から、AMNはターゲティング市場であるマジックミドルの丘を目指して登っていこうとしている。そして先にも書いたように、ターゲティングの仕組みを持っておらず、すべての読者に同じコンテンツを提供してきた新聞業界という高山から、マジックミドルという中間点を目指して、WSJは徐々に歩いて降りてこようとしている。マスメディアのミドル化と、ロングテールのミドル化が、同時に上下方向から進んでいるのだ。

小さすぎる日本語圏の市場規模

 とはいえ、ここに至るまでにはひとつの大きなハードルがある。日本でマジックミドル圏域をマネタイズするための第1の問題は、ターゲティング広告の市場規模だ。例えば2007年1月にNHKスペシャルで放映された『グーグル革命の衝撃 あなたの人生を検索が変える』では、Google AdSenseを使って月収90万円の収入を上げているアメリカ人の若者ブロガーが紹介されていた。日本で同じようなコンテンツを作成して、AdSenseでこれだけの収益を上げるのは非常に難しい。例えば国内で最も大きなページビューを誇り、会社組織として運営されているGIGAZINEでも、「広告費が安すぎ、GIGAZINEはまだ赤字のまま。Google AdSenseでのクリック単価も英語圏に比べると日本は10分の1にしかならない」(GIGAZINE・山崎恵人さんのRTCカンファレンス『ブログ限界論』での発言から)という。

 これは英語圏と日本語圏の母集団の大きさに依拠する部分が大きい。英語を第一言語とする人は4億人程度しかいないが、第二言語にしている人、英語を喋ることができる人などをすべて含めれば、おそらくは10億人以上に達している。日本語圏の10倍の人数だ。当然、英語圏でのマジックミドル市場は日本の10倍の規模になっていることが予想でき、当然のようにAdSenseの単価も10倍になる。つまりは『グーグル革命の衝撃』で紹介されたアメリカ人の若者も、日本で同じブログを運営していれば、月収9万円しか得られないという単純計算になる。これでは生活は厳しい。

 この母集団の問題は、当然新聞などのマスメディア業界にも降りかかる。10億人の英語圏を相手に商売のできるWSJと比べて、1億2000万人の日本人しか相手にできない日本の新聞は、WSJの10分の1の広告収入しか得られない。マードック氏がWSJに10億ドルの広告収入を期待しているとすれば、日本の新聞が得られるのは1億ドル(約120億円)程度。これでは新聞社のビッグビジネスを維持することはできないという計算になってしまう。

 このあたりをどう打破していけるかどうかが、日本で「マジックミドル経済」が成立できるかどうかの分水嶺となる。もちろん、可能性がないわけではない。検索連動型広告などのターゲティング広告が本来対象としている広告主は中小・零細企業だが、日本ではこの領域の企業体のIT化がまだあまり進んでいない。今後、こうした小規模な企業の広告がインターネットの世界に順調に流れ込んでくれば、マジックミドル広告市場がもう少し拡大していく可能性はあるだろう。

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