豪華観光列車の成功に「青春18きっぷ」が必要な理由杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/4 ページ)

» 2016年02月26日 08時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]
前のページへ 1|2|3|4       

若者市場と富裕層市場はつながっている

 前項の4つの属性モデルは、私が大学時代に実践的研究から学んだ。ゼミの教授がリゾート&レジャー産業に詳しく、企業の依頼を受けて講演やレポート、書籍を執筆していた。ゼミの学生たちは3年次までに卒業に必要な単位を取得し、4年生は教授の鞄持ちとして行動を共にする。私もその一人だった。

 あるとき、ゼミの先輩が「この属性モデルを3次元にできないか」と提案した。当時の私も先輩も、単なる遊び、思いつきとしか思えなかった。しかし、後に、この属性の縦軸をひらめいた。回数、もしくは経験値としてとらえるとどうなるか。

属性モデルに経験値(高さ)を与えて、満足度を体積とする 属性モデルに経験値(高さ)を与えて、満足度を体積とする

 そもそもこの属性モデルは「遊びの大きさ」を面積で表している。お小遣いが少なくても時間があれば、遊びの満足度は大きくなる。時間がない人はおカネをかければ、同じ大きさの満足度を得られる。ここに経験値という要素を与えて立体化し、体積で比較する。そして要素に変化を与える。

 例えば、可処分所得が少なくて可処分時間が多い人でも、経験を重ねるほど遊びの容量が大きくなる。遊びの歴史的充実度、といってもいい。この属性の人が、可処分所得を増やし、可処分時間を減らす。れまでの遊びの容量を同じくしたまま、属性を変化させる。遊びで同じ満足度を得るために、減った時間を補うように、遊びにかける金額も大きくなる。時間をかけてコツコツと集めていたコレクションを、まとめて大人買いするようになる。

 前々回は、2つの属性が異なるから遊び方も異なると書いた。お互いの遊び方は相容れない。しかし、属性の転換は起こり得る。なぜなら、人は成長し、社会的立場が変わるからだ。学生が就職するように。そして出世もするし、没落もする。しかし、すべての人々が転換できるとは限らない。親の資産もかかわるし、教育にかけてもらった資金も異なる。属性の転換が起こりにくい状態が「格差社会」だ。しかし、少なからず出世したり、ビジネスで成功する人はいる。

時間消費型の遊びを積み重ねると、時間と所得が増えたときも積極的に満足を得ようとする 時間消費型の遊びを積み重ねると、時間と所得が増えたときも積極的に満足を得ようとする

 可処分所得が少なくて可処分時間が多い人も、遊べば遊ぶほど経験値が増えていく。その体積を異なる属性モデルに当てはめたとき、「遊んだ経験値が大きいほど、より多く遊ぼうとする」と考えたらどうだろう。青春18きっぷで時間消費型の鉄道旅を楽しんだ人が、自由になるおカネを増やし、自由になる時間を減らした場合、鉄道旅の楽しみ方は特急やグリーン車主体になっていくだろう。そして、さらに出世して、自由になるおカネや時間の両方を得たとしたら、ぜいたくな旅を長時間で楽しもうと思うはずだ。これが豪華列車に乗る富裕層となる。

 もちろん、出世の必要がない、生まれながらの富裕層もいる。そういう人たちは、若いころから鉄道旅行以外の楽しみをたくさん知っている。高級車でドライブしたり、豪華客船だったり。そういう人たちに向けて「鉄道にも時間とおカネをたっぷり使う旅がありますよ」というアピールは必要だ。

 しかし、青春18きっぷの経験を重ねて富裕層に仲間入りした人たちは、鉄道の旅に対する思いの強さが違う。元々鉄道の旅の楽しさを知っているからだ。今まで培った経験値を、惜しみなく豪華観光列車につぎ込んでくれる。

 青春18きっぷのユーザーがすべて富裕層に転じることはない。日本の富裕層は全人口の2%だ。同じ比率と仮定すれば、青春18きっぷで旅した人の2%が豪華観光列車の顧客になる。青春18きっぷの誕生から34年。国鉄時代から青春18きっぷで旅した人の中には、十分な経験値(体積)を蓄えた人もいるだろう。ジパング倶楽部や大人の休日倶楽部の会員にも、そんな人々は多いはずだ。

 そう考えれば、豪華観光列車を成功させるために、長期的な市場醸成の手段として青春18きっぷは重要だ。それは青春18きっぷに限らず、JR九州のガチきっぷ、JR四国の若者限定四国フリーきっぷなど、若者向けの施策も同じだ。何度も失敗したとしても、若者向けサービスの開発は必要だ。将来、今後も観光列車を成功させるためにも。

前のページへ 1|2|3|4       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.