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» 2017年07月03日 07時00分 UPDATE

池田直渡「週刊モータージャーナル」:ガソリンエンジンの燃費改善が進んだ経済的事情 (1/4)

ここ10年、自動車の燃費は驚異的に改善されつつあり、今やハイブリッドならずとも、実燃費でリッター20キロ走るクルマは珍しくない。なぜそんなに燃費が向上したのだろうか? 今回は経済的な観点から考えたい。

[池田直渡,ITmedia]

 1980年代後半、クルマの燃費はおおむねリッター10キロあたりが基準だった。燃費の悪いクルマは5キロを平気で切っていたし、燃費が良いと言ってもせいぜい14キロあたりだった。それから30年。特にここ10年、自動車の燃費は驚異的に改善されつつある。

 今やハイブリッドならずとも、実燃費でリッター20キロ走るクルマは珍しくない。なぜそんなに燃費が向上したのだろうか? もちろん技術のブレークスルーはあったが、それを支えたのはグローバルで見た日本の経済的地位の向上である。

 技術は、常に法律や経済という背景と密接にリンクしている。必要とされない技術開発には予算も人もつかない。裏返せば、技術の進歩は社会の要請があるからこそ起きるとも言える。

日本車は既に70年代に米国への進出をスタートしていた。写真は初代シビックのスポーツモデルRS 日本車は既に70年代に米国への進出をスタートしていた。写真は初代シビックのスポーツモデルRS

第2次大戦後の世界経済

 日本の自動車技術がなぜ他国に比べて急速な進歩を遂げたのか? 結論から言えば、85年のプラザ合意を受けて、円が世界の基軸通貨となり、それとコインの裏表関係にある自動車産業の国際競争力が向上し、その資金によって技術的な進歩を一気に加速させたのである。

 まずは戦後世界経済の流れを俯瞰(ふかん)するところから始めよう。

 第2次大戦後の世界経済のルールが決められたのは、45年に発効したブレトン・ウッズ協定だ。大戦後の経済秩序を見据えて作られたこの体制は、非常にざっくりした言い方だが、それは米ドルを中心とした固定為替相場制であった。現在のように通貨レートが変動する為替レートではなく、米ドルと各国通貨間の交換比率が固定されていたのである。一例を挙げれば、多くの人がご存じの通り、ドル円は1ドル=360円で固定されていた。

 通貨は言うまでもなく信用で成り立っている。その信用には拠りどころが必要だ。大戦後の経済混乱の中にあってはなおさらである。その底支えをドルが受け持っていたである。ドルは主要国の通貨で唯一金との兌換を保証していたからだ。つまり金本位制によってドルの価値が保証され、ドルとの固定レートによって各国通貨の価値が保証されるという信用醸成システムによって戦後の世界経済は回り始めたのだ。

 第2次大戦によって、欧州もアジアも戦火に焼かれ、その生産力は疲弊を極めていた。その疲弊しきった世界に製品を供給した米国は莫大な富を築き上げた。何よりも米国本土が戦火に焼かれなかったことが大きい。その富を背景にしていればこそドルは世界で唯一の兌換通貨でいられた。もちろんそうして世界の通貨を支え、欧州にもアジアにも復興援助を行った米国の責任感には敬意を払うが、無情にも米国一強の時代は過去のものになっていく。

 トランプ大統領は「America is going to be strong again」と言うが、実体的には米国が強かったというよりも、世界大戦で弱体化していた他国に対して相対的に強かっただけだ。だからそんな「again」は、再び世界が弱体化しない限り来ることはない。

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