韓国ドラマやK-POPの広がりを受けて、韓国ブランドの化粧品も日本市場で人気が“爆増”している。財務省の貿易統計をもとに、日本化粧品工業会が集計した「日本の化粧品の輸入先国」を見ると、韓国が2022年、長年トップだった仏国を抜き、首位に躍り出た。
韓国コスメ躍進の背景には、何があるのか? 多くの韓国コスメブランドの日本における独占輸入と、マスターディストリビューター(販売店)のビジネスを展開しているのが韓国のGRACEだ。同社のトップであるチョ・アブラハム・ソン社長に、今後のビジネス戦略を聞いた。
チョ・アブラハム・ソン GRACE INC.代表取締役。経歴は2009年12月Cornerstone創業。2011年3月GRACE INC.代表取締役就任。2019年9月HIP BRANDS創立(Founder)。2019年10月Coreelle創立(Founder)GRACEは2023年、日本で韓国コスメの需要が高まっている状況を受けて、日本に進出した。最近は、TWICEのSANA(サナ)を起用したサプリブランドNE:AR(ニアル)のプロモーションを展開。9月にはマスコミやインフルエンサーを集めた大々的な発表会を開催した。GRACEの売り上げの中心は韓国、日本、台湾で、売上高は年間270億円に達するという。
「GRACEは最初、健康医療器具の販売を手掛けていました。2010年に私がCEOに就任して16年目になります。最初の頃は、海外のブランドを韓国に輸入し、韓国内で販売していました。一方、現在は韓国内のブランドを世界各国に発信する方が多くなっています」
日本のビジネスにおいても、最初は日本の商品を買い付け、韓国内で販売するのがメインだった。だが最近は逆になったという。K-カルチャーの人気の高まりを受け、逆に日本市場にアプローチできるようになったのだ。
GRACEは、インタビューの前日までの2日間、展示会を開催した。日本企業のバイヤーが多数来場したという。「韓国の製造業は力があるので、日本企業が商品を企画し、それを韓国で製造して、韓国ブランドとして日本で販売するというハイブリッドな流れが出てきています」
2023年に日本に事務所を設立したことで、日本企業との取り組みもスムーズになったという。「韓国から日本に連絡していたときは、なかなか話が前に進まなかったものが、日本法人を作り、日本人スタッフがいると、ビジネスがきちんと進む。それをあらためて実感しています」と話す。
化粧品にしろ、NE:ARのような健康サプリにしろ、日本では多くのプレーヤーがいるため競争が激しい。「ライバルは多いですが、基本的に韓国の化粧品を好きな顧客は10代を始め若い世代が多く、比較的オープンな考えの人が多いと考えています」
日本進出は、同業他社と比べ遅かったと感じているそうだが、長い目で見たときには「十分に入り込める余地がある」と自信気だ。
「若者はオープンな部分がありつつも、日本の消費者には保守的なところがあり、最初の購入のハードルは高いです。ただし1度でも買って良さを理解してもらえれば、長く使ってもらえるのも日本だと感じています。時間をかけて解決していくつもりです」
GRACEの信条は「Think Globally, Act Locally」。日本市場においての「Act Locally」とは、じっくりとビジネスに取り組むということのようだ。
GRACEのビジネスは、B2Bを基本としているものの、今後はB2Cにも注力していくことになると推測している。「日本において、当社の顧客は80%以上がオフラインで購入しています。弊社の商品群は20代〜30代をメインとしているので、今後はECの比重が自然と高まるでしょう」
日本でのECビジネスの課題は、物流コストの高さだという。置き配が始まっているものの、再配達のコストは依然として高い。対面での受け渡しの機会も多く、サインも必要だ。配達の時間帯も細かくリクエストできるなど、さまざまな要因から、物流コストは韓国の2倍ほどかかるという。「韓国ではオフラインとオンラインビジネスの割合は5対5です。もし日本の物流コストが改善されれば、ECサイトがもっと成長するはずです」
商品を売る手法として、有名人を起用して宣伝するのは鉄板だ。特に訴求力と発信力があるK-POPのアーティストらを起用するのは当然と言える。
「NE:ARでいいますと、製品をどのように全世界に広めていこうと考えたとき、日本、韓国、台湾で人気のあるTWICEのSANAさんを起用すれば、1人のアーティストで一気に3つの市場に対して、予算的にも効率よく消費者に訴えかけられるからです」
NE:ARの運営会社は、創業して2年ほどのベンチャー企業だ。一方、SANAはイヴ・サンローランなどのグローバル企業のアンバサダーも務めている。「所属事務所のJYPエンターテインメントは、NE:ARの商品に関心があるようで、(NE:AR運営会社が)新しい会社にも関わらず、契約の延長に前向きなようです。今は、アーティストや所属事務所が(ビジネスとステータス向上のために)、自ら動く時代なのかなと感じています」
GRACEは多くのブランドと契約している。どの商品を、どのタイミングで推すのかは気になるところだ。通常なら、クライアントがプッシュしたいタイミングとなる。一方、GRACEは直接メーカーから商品を仕入れ、広範な権限を持つマスターディストリビューターも兼ねているため、小売店から聞いた話を加味した上で、適切な時期にプロモーションをするようにしているという。
「昔は、コンビニエンスストアや小売店から話を聞いて、判断をしていました。一方で、今はSNSを活用します。検索すれば、何がはやっているかを把握できますから。(マーケティングの)お金を払えば、消費者がどんなものを検索して調べているのかも、より細かなデータを受け取れる時代です。Googleトレンドなどで、検索量も確認しますね」
Googleでは、検索結果の上部に「AIによる概要」が表示されるようになった。日本でもAIモードが使えるようになり、Google検索経由での閲覧数全体が減少しているとされる。業務でのAI活用の現状を聞くと「個人的に言いますと、確かにAIは活用しています。ですが、AIが商品を売ってくれるとまでは思いません」と断言した。
「私たちがAIを使っているということは、ライバル企業もAIを使っているということです。つまり、同じやり方をおすすめしてくるのです。それでは差別化できませんよね?」
現段階ではAIは、データの集積に過ぎない。ゆえに、誰かが同じ質問をした場合、一律の答えになりがちで、差別化が図れなくなる。つまり、差別化を実行することは、まだまだ人間がやる領域だと考えているということだ。「私たちのビジネスの場合は、人間が商品を買って、それを楽しむことが大事です」
例えば、NE:ARのようなインナービューティー商品の場合には、消費者が購入し、それを楽しみ、フィードバックを受けた上で、再購入してもらうという一連の流れがある。「AIは、何らかのサポートをしてくれると思います。ですがAIを使ったからといって、すなわち購入数が増えるということにはならないと考えます」
同社では、スタッフがよりスムーズに仕事ができるようにするといった業務効率の改善で、AIを利用しているそうだ。
例えばAmazonは、定期購入を促すようなUIをデザインしている。サブスクリプションなど、買い続けてもらうための工夫に関しては「実は、定期購入に関してもいろいろと試みましたが、ヘルス&ビューティー市場全体としては、成功例があまりないのです。理由は、消費者には常に『新しいものを試したい』という願望があるからです」と答えた。
商品数が多い同市場で再購入してもらうには、SNSとメディアを活用してマーケティングをし、消費者に忘れられないようにすることを意識しているという。
チョ社長は、米国で生まれ、小中高を韓国で過ごした後、大学で米国に戻り金融を学んだ。大学卒業後は、いくつかの企業で働き、2010年に起業。その会社とGRACEが同年に合併し、チョ氏はGRACEのCEOに就任した。「GRACEは本来、日本やドイツから健康医療器具を輸入し、韓国で販売する事業をしていました。当時の年間売上高は3億円ほどでした」
つまり、チョ代表は主力事業を健康医療器具からヘルス&ビューティーにシフトさせ、かつ売上高を3億円から270億円まで伸ばしたことになる。
「主力事業を転換できた理由は当時、美容の市場が盛り上がっていたことと、約15年前から流通業界が変わり始めていたことがきっかけです。ECが始まり、XやFacebook、InstagramなどのSNSや、YouTubeといったニューメディアの登場によって、マーケティング手法も変化した時代でした。 当時、私は20代だったので変化に気付けました。もし60代だったら、その変化に追いつけなかったでしょう」
ポートフォリオを変えることに、迷いも恐怖もなかったと語る。「もし健康医療器具のビジネスを続けても、状況は何も変わらなかったでしょう。ですから、新しいことに挑戦することは怖くなかったのです。今後は韓国でGRACEを上場させる予定です。この結果、韓国と日本、台湾の市場をより強く結びつけることができます。この3カ国・地域の基盤を強くして、グローバル市場への進出を目標としていくつもりです」
主力事業を変えて成長してきた代表的な企業を挙げると、日本ではソフトバンク、トヨタ自動車、富士フイルム、海外ならバークシャー・ハサウェイなどが思い浮かぶ。GRACEも、チョ代表の決断で事業をピボットさせることで、大きく成長できた。時流を見極める目をしっかりと持っていた証拠だ。
一方で、祖業とも言える健康医療器具のビジネスにも、再び興味が沸いているそうだ。日本の高齢化が進んでいるため、いろいろな面で韓国より事業環境が整備されているという。チョ代表は「20〜30年後、日本の良い部分を韓国に輸入したいです」と話す。GRACEの成長が続くかどうか、チョ代表の判断力に掛かっているといえそうだ。
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