トヨタが「危機感」を示す背景に何があるのか「自動車会社が消える日」

» 2017年12月26日 07時00分 公開
[加納由希絵ITmedia]
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 「勝つか負けるか」ではなく、まさに「生きるか死ぬか」という瀬戸際の戦いが始まっている。

 この言葉は、トヨタ自動車の豊田章男社長が11月末に出したコメントの一部だ。トヨタは、例年4月に実施してきた大規模な役員体制の変更と組織改正を、2018年1月に前倒しで行うことを発表。その詳細とともに、危機感をあらわにしたコメントを公表した(関連記事)。

 なぜ「生きるか死ぬか」とまで言うのか。自動車業界を長年取材してきたジャーナリスト、井上久男氏の著書「自動車会社が消える日」(文春新書、税別830円)を読むと、その一端が分かる。「消える、なんて大げさな」と思うかもしれないが、20年以上の取材経験を持つ井上氏の問題意識を知ると、悠長なことを言っていられない。

photo 20年以上自動車業界を取材してきた井上久男氏の問題意識が詰まった「自動車会社が消える日」

 業界激変のポイントとなるのが、「バーチャル・エンジニアリング」だ。自動車がスマートフォンのように高度な情報端末になっている、ということは知られつつあるが、その商品を生み出す企画や開発の方法も大きく進化している。試作を重ねて仕様を決める方法から、さまざまな状況をコンピュータでシミュレーションした結果を基にして、試作機を作らずに仕様を決める方法に、潮流は変わりつつある。

 井上氏はこの流れについて、単なるデジタル化や効率化ではなく、「開発思想を抜本的に変えてしまった」とみる。バーチャル・エンジニアリングを取り入れて成功した国内メーカーとしてマツダを挙げるが、他の日本のメーカーは総じて「出遅れている」と指摘。日本のモノづくりの強み「匠の技」が出遅れの一因になった理由を解説している。

 この本の面白いところは、業界の現状を解説して警鐘を鳴らすだけではなく、各社の生々しい実像を浮かび上がらせているところにある。トヨタ、独Volkswagen、日産自動車、ホンダ、マツダについて、綿密な取材を基に、知られざる改革の内容や組織のほころびに切り込む。

photo 先端技術の開発をはじめ、トヨタは危機感を持って改革に取り組んでいるが……(写真は「プリウスPHV」)

 特にトヨタについては、早くから危機感を持って改革に取り組んできた事実を認めつつ、近年感じられる「変調」を指摘。例えば、17年1月にトランプ米大統領から、メキシコの新工場計画についてTwitterで「攻撃」を受けたこと。トヨタはすぐに「5年で100億ドル(約1兆1300億円)を米国に投資する」と発表したが、冷静に見れば、トヨタはすでに米国に多大な投資をし、貢献している。今回、攻撃される前に対処できなかったことについて、井上氏はトヨタの米国戦略の歴史からその理由を示し、「変化への対応が遅いのではないか」と懸念を表明している。

 他にも、大きく報じられない事件や人事から、トヨタの組織風土の変化や緩みを指摘。それが商品戦略などに及ぼす影響に言及している。巨大企業の一挙一動は想像すらできないほど多くの関係先に影響を及ぼす。トヨタを論じる章のタイトル「巨人の憂鬱(ゆううつ)」が、その現状を言い表している。

 18年1月の人事異動と組織改正は、この本が刊行された直後に発表された。大胆な改革に期待が集まっているが、危機感をさらに強めている専門家やジャーナリストも多い。トヨタをはじめとする日本の自動車業界を取り巻く変化のスピードについていくために、参考になる1冊だ。

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