一周して最先端、オートマにはないMT車の“超”可能性:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)
クルマの変速機においてマニュアルトランスミッションは少数派である。フェラーリやポルシェといったクルマでさえATが主流で、MTは風前の灯火かと思われていた。ところが……。
MTの顧客はどこにいる?
1980年代の初頭まで、オートマは少数派だった。「オートマ」という言葉にはどこか侮蔑(ぶべつ)的意味さえはらんでいて、「運転の下手な人のためのもの」という認識があった。しかしその後10年で事情は大きく変わった。ちょうどバブル経済の時期でもあり、クルマの売れ筋はより高級車に移っていき、携帯電話の普及当初は運転中の使用が規制されていなかったので、運転中の通話がしやすいオートマ需要を後押しした。
こうして1990年代の序盤には、もはや販売面においてはトランスミッションのAT化への流れは完全に決していた。だから、MTに対する郷愁があるのはそれ以前に免許を持っていた現在40代以上の世代ということになる。
特に50代になると子育てが一段落する。ライフステージのとあるタイミングでは3列シートのミニバンを選択せざるを得なかった人たちが、もう一度自分の好きなクルマを選べるタイミングにさしかかっているわけだ。現在、自動車メーカーが狙っているマーケットの1つはこの世代の人たちだ。その層に訴求する手段としてMTが注目されているわけだ。
国内で最もMTに熱心なマツダあたりだと、主要ラインアップの中で、MT搭載モデルがないのはCX-5だけである(国外ではMTモデルがある)。マツダにとってMTを揃える意味とは何なのかを聞いてみたところ、いわゆるファッションにおける「差し色」効果だと説明された。つまり、MTがどんどん売れるわけではないが、MTモデルがラインアップされていることでその車種の注目度が上がる。ファッション業界ではよくある手法で、商品を際立たせるための目立つ色を差し色としてラインアップに加える。ただし、それだけ攻めた色使いを着こなすには勇気がいるので、結局は定番の色が売れるのだ。もっとも差し色がなければ定番の色も売れない。
マツダはかつての効率追求時代に「無駄の排除」を進めてMTをどんどん切り捨てたが、現在ではMTの販売台数のみを切り出して効率を評価するつもりはないそうだ。もちろんステークホルダーから指摘されない最低限の利益を死守することはやっているという。
マツダの言い分を整理すれば、MTがあることでファンtoドライブなイメージが高まり、ATにも販促効果が波及する。つまり自社商品の注目度を高める戦略的位置付けにMTはあるのだ。
具体的な車種名を挙げて比率を見てみよう。
- アテンザ:10%
- アクセラ:10%
- デミオ:7%
- CX-3:7%
- ロードスター:75%
一番驚くのはアテンザの10%だ。Dセグメントセダンの10%がMTとは普通なかなか考え難い。しかし先に書いた40代以上のMTネイティブ層がメイン顧客になるという意味で考えると、この数字はうなづける。デミオやCX-3がそれより低くなるのはユーザー年齢の違いが大きいと思われる。1991年以降導入されたAT限定免許や、女性ユーザー比率の影響だろう。
こうした需要動向を見てみると、MTが販促策として機能するのは向こう10年程度の間だと考えられる。それ以降、若い人への浸透はどうやって図っていくつもりなのかもマツダに聞いてみた。その答えがまたマツダらしい。「MTというのは1つの自動車文化だと思います。ですから40代以上の人たちがいかにMTを楽しんでいるかを、若い人たちに見ていただいて、興味を持ってもらうことがその文化の継承にはとても重要なことだと思うのです」。その戦略がうまくいくかどうかはまだ何とも言えないが、少なくとも向こう10年を担うためにMTにも進化が求められている。
関連記事
- ついに「10速オートマ」の時代が始まる
オートマ車の変革スピードが加速している。以前は4段ギア程度がわりと一般的だったが、今では5段、6段も珍しくない。ついにはホンダが10段のトルコンステップATを準備中なのだ。いったい何が起きているのか。 - スズキに見る、自動車メーカーの「成長エンジン」
これからの世界の自動車市場の方向性を考えたとき、どんな武器を持ったメーカーが有利なのかがいよいよはっきりしてきた。 - マツダがロータリーにこだわり続ける理由 その歴史をひもとく
先日、マツダの三次テストコースが開業50周年を迎え、マツダファンたちによる感謝祭が現地で行われた。彼らを魅了するマツダ車の最大の特徴と言えば「ロータリーエンジン」だが、そこに秘められたエピソードは深い。 - マツダが構想する老化と戦うクルマ
今後ますます増加する高齢者の運転を助ける1つの解として「自動運転」が注目を集めている。しかしながら、マツダは自動運転が高齢者を幸せにするとは考えていないようだ。どういうことだろうか? - 「週刊モータージャーナル」バックナンバー
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.