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» 2012年09月21日 08時00分 UPDATE

“迷探偵”ハギーのテクノロジー裏話:Appleはなぜ自ら衰退の道を選ぶのか (1/2)

「iPhone 5発売」――この明るい話題の裏側には、世界中で繰り広げられているAndroid陣営との「特許」をめぐる訴訟合戦がある。Appleの行為は同社の将来に暗い影を落とすのではないかと心配でならないのだ。

[萩原栄幸,ITmedia]

 最近、iPhone 5の人気がすごい。年内に世界での販売予想台数が5000万台に達するとするマスコミもある。Appleの株価も絶好調で、8月21日の日経新聞によれば、時価総額は一時6231億ドル(約49兆円)となり、世界史上最高額になったという。本当に素晴らしいことだ。しかし、筆者はこの絶頂期を抜けると、恐らく奈落の底に落ち始めるのではないかと危惧している。

 誤解の無いように言えば、筆者自身はAppleやスティーブ・ジョブズ氏の考えには学ぶところが多いし、尊敬もしている。ただジョブズ氏が天才であっても、万能ではない。多くの天才は全体のわずか1つ、2つが優れ、その他ほとんどは凡人並みであり、凡人以下の行動もしている。その凡人以下の行動が、「Apple vs Samsung」に代表される世界中での訴訟合戦だ。今回は、それがなぜ「不適切でありしてはいけない行為」なのかをお伝えしたい。冷静にこの状況を眺めてみた筆者の私見であり、ジョブズ氏の天才的行動にいささかも疑問を持つものではないことは重ねて表明しておく。

思い出させる「β(ベータ) vs VHS」

 いまや家庭にあるVHSテープの再生機の大半は、ホコリを被ったままになっているという。レンタルビデオ店でもVHSテープは存在していないか、あっても片隅に置かれる状況だ。しかしその昔、このVHSテープはこの世の春を謳歌した。規格型のビデオテープは、1970年代後半から80年にかけてソニーのベータと日本ビクターのVHSの2大戦争となった。

 ベータは技術的にはさまざまな優位性を持っていたが、ビクターは世界中のメーカーにその仕様を無料で公開し、VHSメーカー同士の競合による切磋琢磨が功を奏した。その利便性や小さなアイデアの積み重ねによって、あっという間にベータを駆逐した。当時、レンタルビデオ店には間違いなくベータとVHSの両方が置いてあった。だがしばらくして、ベータはオプションとなり、そのうちに注文しても入荷不可となってしまったのである。

何からなにまで「特許」

 iPhoneの思想は素晴らしい。まさに天才ジョブズ氏が作り上げたものに相応しいといえるだろう。ただ、ジョブズ氏はAndroidを自分の作品のコピーと考え、徹底的に戦うと宣言した。その考えと実行は彼の死後も忠実に行われていると思っても差し支えないだろう。

 それも無理ないかもしれない。米IDGが8月に発表したレポートによれば、今年4〜6月に出荷された全スマートフォンのうち68.1%がAndroidであり、iPhoneは16.9%と大きく引き離されているからだ。だが、それに対して技術で勝負するのではなく、問題の多い特許論争の方に大きくシフトしてAndroid陣営を疲弊させるという作戦はいただけない。このために世界のITの進歩に大きくブレーキがかかると容易に想像できる。

 Appleは、角を丸くした長方形の形状や「タップ」や「ピンチ」でズームすると操作方法、アイコンのデザイン、「バウンド」(スクロールが最後になると画面がジャンプする機能)など、およそ考えられる操作のほとんどを自分の専有物であると主張している。確かに一部には斬新的な内容も含まれるのだろう。だが、それらの多くは本当に「特許」として認めて良いのだろうか。筆者は数年前からこの点に大きな疑問を抱いている。しかも、裁判では特許そのものが無効であるとの判決も出ている。

 時価総額世界一の会社であればこそ、こういう戦争も可能なのだろう。しかし両陣営にとってはある意味では消耗戦になり、世界のIT業界の進歩は大きく停滞してしまう。儲かるのは一部の弁護士、弁理士の類だけであり、こんなバカなお金の使い道はないと強く感じている。どうしても論争すべきものは正々堂々と争っていい。だが今のAppleは、Android陣営をことごとくターゲットにしており、HTCやMotorola、そして、Samsungまで見境無しの様相である。当然ながらAndroid陣営も訴訟を起こして泥沼に近い状況だ。

 丸みを帯びた長方形の外観は、筆者のような素人でも少し考えるだけで思いつく形状だろう。画面があるなら、入力キーは別の場所に付けるか画面の中に取り込むかくらいしか思いつかない。画面の中に入れるなら、手に持って違和感のない長さが必要だ。正方形や三角形では持ちにくい。誰がどう考えても長方形が最適となるはずである。

 筆者はこの辺に関しては素人なので、あまり詮索しないし、できない。だが事細かく一つひとつの動作、操作を特許としてがんじがらめにしてしまい、同じような動作・操作を取り入れているものは、すべからく「特許に抵触する」と主張して、多額の賠償金を請求する行為はいかがなものか。それは本当に適切なことなのだろうか。

 この素人的な感覚は極めて重要だと思う。知的財産権や特許の考え方は国によってかなり異なる。筆者には「品性の問題」としか映らない。あくまで私見だが、今は不十分で網羅性もない発展途上の特許権や知的財産権(つまり数十年経てば大きく状況が変化して法律の内容も変わっている可能性があるということ)の乱用としか映らないのである。こう記載しているうちに、ふと一昔前のことを思い出していた。それはビジネスモデル特許が話題になったとき、ほぼ同時期に2つの特許が記事になり認められて、かなり騒がれた出来事である。今の若者はこの出来事をご存じだろうか。簡単に説明したい。

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