リアルタイムOSのTRON開発者、坂村健氏にユビキタスコンピューティングを聞く。食品のトレーサビリティをはじめ、生活の安全、安心を推進するRFID環境を実現するためにユビキタスIDセンターを設立するなど精力的な活動を続ける坂村氏。会員企業も世界に500社以上を数える。2005年も、TRONのテクノロジーを盛り込んだ「夢の住宅パピ」の公開をはじめ、多彩な研究活動が予定されている。

ITmedia 2004年を総括してください。

坂村 T-Engineフォーラム内のユビキタスIDセンターが順調に活動するなど、私にとって非常にいい年でした。また、12月に行われたTRONSHOW 2005が大盛況だったことでも、自分の取り組みが世界に広がっていることを実感し、感激しました。

ユビキタスコンピューティングに手ごたえ

 ユビキタスコンピューティングはまだ新しい分野であるため、現在は軌道に乗せることを目的に活動しています。この技術が生活のあらゆるモノに影響を与え、応用が可能であること、実現のためにオープンなアーキテクチャが必要であることを多くの人に知らせています。その甲斐あってか、T-Engineフォーラム参加企業は世界で500社に上ります。

ITmedia ユビキタスコンピューティングは人々の生活をどう変えますか?

坂村 ユビキタスコンピューティングの本質は「Context Awareness」、日本語で言うと、状況を認識することにあります。これは、空間にあるモノや場所を自動認識する技術です。そのために仕組みの1つがICタグです。ICタグをモノに貼付することで、1つ1つにユニークなIDを割り振るのです。

 たとえば、この部屋のあらゆるものにはICタグがつけられており、リーダーであるユビキタスコミュニケータを近づければ、椅子やソファー、照明器具にいたるまで、あらかじめ登録された情報を参照できるのです。

ITmedia RFIDの標準化を目指す団体としてAuto-IDラボもあります。

坂村 われわれが目指しているのは、食料のトレーサビリティや、道路に埋め込んで自立移動を支援するなど、安全、安心の実現が中心です。一方で、Auto-IDラボはどちらかと言えばサプライチェーンマネジメントでの利用を中心に活動しています。現状ではまだ米Wal-Martくらいしか導入を表明していません。


3月にはトヨタ自動車と共同で行った坂村氏デザインによるトロン化住宅「夢の住宅パピ」が愛知万博と同時に一般公開される。

 われわれのコード体系であるucodeと、Auto-IDラボのEPCでは、利用分野やICタグの大きさも異なっており、比較することは無意味です。(Auto-IDラボ・ジャパンを推進する慶應義塾大学教授)村井純氏とも仲良くしており、一緒に何かをできないかと2人で話すこともあります。

 そのため、標準化の話題でわれわれユビキタスIDセンターとAuto-IDラボを対立軸で語る日本のメディアの論調は理解できません。たとえるなら、「和食と中華料理のどちらがおいしいか」という議論のようなものです。

ITmedia 棲み分けができていると考えるべきですか?

坂村 棲み分けというよりは協力です。要するに、ucodeとEPCの間で相互運用性を保てればいいわけです。EPCの96ビットコードに対して、ucodeは128ビット延長型です。ucodeはEPCを含めることができるのです。

ITmedia ucodeは既存のバーコードなどの商品コードも包含できると聞きます。

坂村 そうです。ucodeは非常に広いエリアを持っています。既存のコード体系からEPCまで、さまざまなコード体系を含めることができるのです。そのため、EPCとして決まった仕様をわれわれの規格がそのままサポートすることも可能なわけです。

社会問題のすべてが課題

ITmedia ユビキタスコンピューティングを実現するために、具体的には今どんな問題がありますか?

坂村 ユビキタスコンピューティングは、社会を大きく変革するものであり、われわれだけのものではないため、実現には時間がかかります。技術だけでなく、社会体制や制度など、解決すべき問題がたくさんあります。自動車が普及するためには、自動車の製造技術だけでなく、道路交通法や信号など、周辺の状況を整備しなくてはならないのと同じです。

 そこで挙げるとすれば、社会で問題になっていることすべてというしかありません。1つ挙げれば済むような軽い技術ではないのです。電波法はもちろん、食べ物に関係するなら食品衛生法、薬品にICタグを貼付する場合は薬事法も関係してきます。こうした問題を1つひとつ根気強くつぶしていかなくてはなりません。

 そこで、実証実験が重要になります。今年は30のプロジェクトを実施し、来年は100の実験を予定しています。いわば、ユビキタスコンピューティングが社会に定着した時に何が起こるかを実験で先取りしているわけです。いい結果が出たものを標準化するなどして、多くの人が利用できるようにしていきます。その意味では、民間企業だけでは進展が難しい部分もあるため、私は産官学の連携が重要であると考えています。

ITmedia 2004年は日中韓との協力体制を強化しました。

坂村 国際協調も重要です。特に私は、遠くの親戚より近くの隣人が大事と考え、アジアを重視しています。アジアは組み込み機器の情報発信基地であり、文化も似ているため協力しやすい。協力して標準化することで、コストを下げることができるのです。

ITmedia 2005年の展望は?

坂村 アジアでの普及を中心に取り組みを続けます。実証実験によりわれわれ自身が自信を持つようになっています。2005年もタイとベトナム、オーストラリア、インドなどに研究センターをつくる予定です。

 また、実証実験もどんどんやります。2月には三越百貨店本店の食品売り場で生鮮食料品にICタグをつける実験、ゼロックスとの廃棄トナーの回収実験、東京大学病院の病室で利用する実験、薬にタグをつける実験を三菱ベルファーマと行うなど、産業界との具体的な取り組みが進んでいるのです。さらに、神戸では4万個のICタグとユビキタスマーカーを使って、大規模な自立移動型実験を国土交通省と行う予定であり、これには特に期待しています。

ITmedia セキュリティについてどう考えますか?

坂村 セキュリティ問題についてはとかく技術を問題にする人が多いですが、それは間違いです。実際に問題になっているのは内部犯行です。現在なら、(番号だけで課金される)クレジットカードのように、技術的な欠陥によってセキュリティに問題が生じている場合もありますが、実際には運用の方法やセキュリティポリシーに問題があることが多いのです。RFIDを実装する場合には、技術面の対策は間違いなく万全にします。

正月は家族と休みます。目をつぶってジャズを聞くかもしれません。クラッシックのようにビシッと決まった音楽よりアドリブもあるジャズが趣味に合います。ピアノ、ドラム、チェロの演奏者が場のムードで一期一会にコラボレーションする、これはまさにリアルタイムの状況認識であり、TRONにピッタリ。

[ITmedia]

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