これまで挙げた例ではシステム運用時のトラブルを取り上げたが、新しいシステムの企画・設計でも同様のことは起こり得る。
システム開発には、さまざまなステークホルダーが関係してくる。ユーザー、開発者、運用担当者、マネジメント層……。それぞれの立場によって、思い描く理想のシステム像はおのずから異なってくる。従って、どれか1つの立場だけに立ってシステムを設計すると、別の立場から見ると非常に使いづらい、あるいは役に立たないシステムが出来上がってしまうかもしれない。
この場合も、ITアーキテクトは複眼的な思考を駆使し、あらゆる立場から見た複数のシステム像をイメージしながらシステム設計を進めていく必要がある。例えば、会社のビジネス全体におけるシステムの役割を確認しつつ、システムを実装する際の要素技術についても思いをはせ、同時に実際にシステムを使用するユーザーの使い勝手もイメージする、といった具合だ。
しかし、やみくもにいろんなイメージを並べただけでは、関係者間の認識の相違の問題を解決することはできない。ITアーキテクトが最適なアーキテクチャを設計するために大切なことは、「何を」(対象)、「どの大きさで」(尺度)見るべきかをはっきりさせることである。
もう少し具体的にいうと、以下のような順番で対象をとらえる、ということである。
まずは、マクロな視点でシステムの全体像をとらえる。その際には、EAのフレームワークとして知られるザックマンフレームワークなどをツールとして活用するといいだろう。対象の把握がしやすくなるからだ。その後、技術的な要素や使い勝手など、システムの個別の詳細部分をミクロな視点で検討していく。
アーキテクチャに直接かかわる重大な決定を下す際には、さまざまな視点から考え得る案を検討し、与えられた条件の下で最適なものを選択する必要がある。そして、それを言葉やイメージで表現する際には、選択したものに合った視点と尺度で対象を記述することが重要だ。さらに、その内容を各ステークホルダーに提示する際には、おのおのの立場と視点に合った表現に変換しないと、スムーズにコミュニケーションを取ることができない。この変換の仕方については、次回詳しく説明する予定である。
ここで述べたことは、ITアーキテクトがその任務を遂行するに当たり非常に重要なポイントなので、繰り返しになるが再度ここで確認しておきたい。
[ポイント1]
ITアーキテクト自身が、検討対象とするものの全体と、アーキテクチャ設計のポイントとなる部分をさまざまな視点(対象、尺度)で把握すること
[ポイント2]
アーキテクチャにかかわる決定を行う際は、適切な視点(対象、尺度)を選択し、それに合った表現を用いること
最後に、ITアーキテクトが複眼的な思考を行ううえで役立つ、情報システムのアーキテクチャが持つ構造面の特性について触れておきたい。
前述の例で挙げたように、同じ事象でも見る者の立場が違えばそれぞれ見え方も異なってくる(図2〜4)。しかし、形としてはどれも似通った形態(図1と同じ形)として認識される。これは一体なぜだろうか?
それは、情報システムのアーキテクチャが持つ「自己相似性」に起因している。自己相似性とは、あるものの一部分を取り出して拡大すると、そのものの全体やその他の部分と形が一致する性質のことをいう。つまり、情報システムのある一部分の構造は、システム全体の構造と同じ形になる傾向があるということだ。逆にいえば、システムをとらえる際の尺度を変えたとしても、その形はほかの尺度で見た場合と一見変わらないように見えることがあるのだ。
情報システムが持つこの性質は、ときにシステムを複眼的にとらえる際の妨げとなる。ここで、前述したポイントを思い返していただきたい。大切なのは、「何を」(対象)、「どの大きさで」(尺度)見るべきかをはっきりさせることであった。ここでは、見る「尺度」を変えてもシステムの自己相似性により相違点があいまいになってしまうことが問題になっている。そこで、今度は見る「対象」の方に着目してみる。
つまり、図2〜4の違いは、「形の違い」にあるのではなく、扱っている「対象の違い」にあるのである。具体的にいうと、「業務」「アプリケーション」「データベース」という対象の違いである。
このように、ある対象で起こる幾つかの典型的な問題は、対象と尺度を変えて何回でも表れる。1つの見方しかできないときは、この自己相似性を意識したうえで類推することにより、違った見方ができるようになるだろう。
東山 靖弘(ひがしやま やすひろ)
株式会社NTTデータ 基盤システム事業本部
通信事業者向け基幹システムの企画・開発を経て、現在は上流工程におけるアーキテクチャ設計支援とともに、開発方法論の整備やナレッジマネジメントに取り組んでいる。
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