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AIは「画面」から「現場」へ 日立「フィジカルAI戦略」の全貌日立が描く、フィジカルAIの社会実装シナリオ

AIは画面を飛び出し現実の「現場」へ――。深刻な労働力不足が迫る日本で、日立は「世界一のAIの使い手」をめざし社会実装の道を示す。同社の戦略を率いる黒川亮に、フィジカルAIが切り開く日本の勝ち筋を聞いた。

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 ChatGPTの登場を機に、生成AIは一気に普及した。自然言語を通じたアイデア創出から問題解決まで、AIの可能性は拡大を続けている。そして今、AIは画面を飛び出し、物理タスクを担う「ボディー」を得た「フィジカルAI」として、現実世界へ進出を始めた。

 そんなフィジカルAIは、日本の産業と社会インフラが直面する課題に対して現実的な解決策の一つになり得る――。そう確信している日立製作所(以下、日立)は、来るべき未来へのレールをどう敷設してわれわれを導こうとしているのか。同社でAI戦略を率いる黒川亮に、フィジカルAIがもたらすインパクトと、めざす将来の姿を聞いた。

デジタル飽和を超えた「現場」の覇権争い

 2022年11月のChatGPT公開を境に、AIの進化は特異点に達した。過去のAIブームが、技術的な制約もあり、経営やユーザーからの過剰な期待に応えられなかったのに対して、生成AIはネットの膨大なテキスト、画像、動画データを「食い尽くそうとしている」。AIの次なる主戦場は必然的に、ネットに存在しない現実世界の「現場(フィジカル)」データに移る。

 日立はこの潮流を捉え、2025年3月時点で「機械学習」「生成AI」「エージェントAI」「フィジカルAI」の先に見据えるロードマップを策定していた。黒川は「2024年にNVIDIAが『フィジカルAI』を提唱した際、いち早くアラインしてロードマップを立てたのが日立です」と語り、社会実装に向けた決意を強調する。

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黒川亮(日立製作所 〈DSS〉CLBO兼〈AISS〉事業主管兼〈AI推〉本部員)

 日立は単なるシステムインテグレーターではない。IT(情報技術)とOT(制御・運用技術)、そしてプロダクトを併せ持ち、世界の現場を深く知る“AIの使い手”だ。この事実は、フィジカルAIを社会実装するための重要な鍵になる。

日立の立ち位置と「カスタマーゼロ」としての自信

 日立のAI戦略における最大のパラダイムシフトは、同社が「作る側」ではなく「世界一の使い手」を志向する点だ。自社開発に固執すると、完成時には技術が陳腐化するリスクがある。黒川は「AIモデルは四半期単位で進化します。日立は自社開発にこだわらず、優れた既存モデルを適材適所で“使いこなす側”に回ることを重視しています」と語る。最先端のAIを組み合わせて複雑な社会インフラの最前線に実装することが、顧客価値を最大化する最短距離だと同社は考えている。

 この戦略を実証するのが、「カスタマーゼロ」だ。自社を実験台にしてリスクを洗い出し、実証済みのAIを外販することで顧客のAI品質とガバナンスを担保する。2026年3月現在日立グループ内に約4500人のAIコミュニティーを形成し、現場で磨かれたプロンプトなど約800のAIアセットを共有している。研究開発から工場の担当者まで、誰もが使える「技術情報提供エージェント」なども含まれるという。

 特筆すべきは、これらのエージェントをすでに「実践」に投入している点だ。例として、地政学リスクを自律的に調査報告するAIエージェントなどを実用化している。もはや人間がレポートをまとめるのを待たず、AIが幹部層の意思決定をリアルタイムで支えている。

 当然、大規模なAI導入にはガバナンスが不可欠となる。日立は、エージェント管理システムで無数のエージェントに社員番号に相当する「マシンID」を付与。管理者がマシンIDで個々の動きを常時把握して、迷子やエージェント起点で稼働するロボットの誤作動等を防いでいる。

 黒川は「私たちはAIの使い手であると同時に、社会インフラの『支え手』としての強みも持っています」と語る。鉄道、電力、産業の現場に求められる高い品質とデジタル・システムに求められる速い社会実装を両立させて自らを磨き、成功体験を顧客に還元する。この「使い手」と「支え手」の実体験の循環が、日立が世界一を名乗ろうとしているゆえんだ。

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自社での検証を顧客価値へ還元する、「カスタマーゼロ」を軸とした日立の実装ロードマップ(提供:日立。以下同)《クリックで拡大》

ITとOTの真のオーケストレーション

 日立が、データとテクノロジーで社会や顧客の課題を解決する事業「Lumada」(ルマーダ)。そこから誕生した、AIで社会インフラを革新する次世代ソリューション群「HMAX™ by Hitachi」は、ITとOTを融合させるという製造業の長年の課題への回答だ。HMAXの神髄は単なるソフトウェアの提供ではなく、現場データが「Sense(感知)/Store(蓄積)/Think(思考)/Act(行動)」する循環をAIで加速、高度化させた点にある。

※)Lumada(ルマーダ):日立

 この循環を正しく機能させる条件が、デジタル上のデータ(=情報)と現実のモノ(=物)を合致させる「情物一致」(じょうぶついっち)だ。取り込んだデータが現実と少しでもズレているとAIが誤った判断をして物理的な事故を引き起こすリスクがある。現場を知り尽くす日立が情物一致を担保できることが、HMAXがビジネスで価値を生む源泉になっている。

 成功事例である、ヨーロッパ工場における変革は、フィジカルAIがもたらす経営インパクトを物語っている。高速鉄道製造を担う熟練職人の溶接技術を、ドメインナレッジを持つデータサイエンティストがAIスタートアップと共に模倣学習させて、ロボットが繊細な「技」を職人の隣で再現している。その結果、工場の敷地を広げず、生産性を数倍に向上させた。画像解析で不備を前工程に戻す仕組みも回っており、疲労を知らないロボットとAIエージェントが極めて高い生産性と品質管理を両立させている。

 「オープン性」も日立の戦略の特徴だ。他社製の車両にもセンサーを設置して、HMAXで保守や運用を最適化するという。黒川は「物単体の販売の優劣を競うのではなく、AIの社会実装によりデジタルサービスとして全体の効率を上げることをめざします」と語る。これにより、エネルギー消費量や保守コストの最適化につながるケースも確認されている。プラットフォーマーが自社の枠を超え、「社会システム全体の最適化」を追求する姿勢の現れだ。

 「工場のみ最適化されても、事業に連動しなければ経営へのインパクトは限定的です」と、黒川はHMAXの構造的価値を説明する。HMAXは、経営目標を担う「ITバリューチェーン」と現場のアクションをつかさどる「OTオーケストレーション」を一体化させる。資本市場に対する経営判断が即座に事業を担う現場のアクションに変換され、絶えずフィードバックが経営指標へと還流する。ボトムアップのたたき上げとトップダウンの判断を高度に連動させる仕組みが、顧客の経営コストを引き下げる武器となる。

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経営層の判断を現場のアクションへ反映させ、現場の状況を経営指標へと還流させる「HMAX」の循環モデル《クリックで拡大》

NVIDIA、Googleが「支え手」を渇望する理由

 日立がNVIDIAやGoogleから選ばれる理由は、両社が日立の「物理アセット」と「ドメインナレッジ」をAIの社会実装を支えるラストワンマイルと捉えている点にある。優れたAIモデルも、エネルギーや鉄道、ビル管理などの「命に関わる現場」に適用するには日立の重厚なインフラ供給能力と「支え手」としての実績が不可欠だ。

 黒川は、「新たな社会インフラを担う彼らのお悩みに端から端まで答えられるのは日立だけ」と表現する。データセンター内外の冷却技術やUPS、モジュラー型DCから電力供給のための送配電技術、変圧器、小型モジュール炉まで人命に関わる現場で培われた制御技術と保護技術を一気通貫で提供できる能力は、日立の優位性だ。

 NVIDIAも日立の技術を厳しく見ている。日立のストレージ機能「タイムマシン機能」は、学習を深め過ぎて柔軟なAI推論を阻む「過学習」への解決策となる。黒川によると、同機能でデータを「過学習前の状態」に巻き戻すことでAIの柔軟性を回復できる。この機能は2025年のNVIDIA GTCでも取り上げられており、注目を集めていると実感したという。

 現場の作業員がAIを使いこなすための協創アプローチも進んでいる。Google Cloudとのアライアンスでは、現場の作業員がGeminiを利用し、顧客課題を現場で解決するAIアプリケーションを自ら開発してタスクを自動化する事例が数百件規模で生まれている。フロントラインワーカーが自律的にAIという武器を使いこなす、このボトムアップの変革はパートナーシップが生み出した最大の価値だろう。

それは日本発の“勝ち筋”になるか?

 2040年、日本は「労働人口1100万人不足」という、かつてない規模の労働力不足に直面する。黒川はこの状況について、単なる人財不足ではなく熟練者の技能そのものが失われかねない構造的な危機だと捉えている。こうした課題に対し日立が注目しているのが、「模倣学習(Imitation Learning)」を活用して、熟練者が現場にいるうちにAIやロボットへ技能を引き継ぐというアプローチだ。

 これまでのAIは、作業のマニュアル化やデータ化を前提としてきた。しかしフィジカルAIの活用によって、ロボットに職人の動きを「背中を見せて覚えさせる」ことが可能になりつつある。言語化が難しい職人の勘やコツを、必ずしも詳細なルールや手順に落とし込むことなく、AIに反映できる――そんな可能性が広がっている。

 日立が公開した「ワイヤハーネスの配線作業」のデモは、その可能性を証明した。独自の効率的な学習モデルを用いることで、人間の神経伝達速度に近い100Hzの高速制御と、パラメーター数わずか25万という軽量化(低消費電力)を両立。これほど軽量なモデルでありながら、「柔らかいケーブルを扱う」という人間にしかできなかった繊細な作業の自動化までも成功させている。巨大な汎用(はんよう)AIではなく、現場の機械に実装可能な「軽量・高速な専用AI」の実現は、AIを「思考ツール」から「実行の身体」に進化させたことを意味している。

 未来の現場から、全ての人間が消えるわけではない。一人のエキスパートが複数のAIエージェントやロボットを指揮し、数倍の生産性を発揮する。これは、全てをAIやロボットに置き換える完全自動化を意味するものではない。人が中心となり、AIやロボットがそれを支えるこの「人間とAIの協調」こそが、社会インフラを維持する現実的な道になる。

 日立の戦略を支える最大の武器は、日本が長年培ってきた「現場のエンジニア層」に他ならない。現場に修士・博士号を持つエンジニアがそろっており、自ら泥にまみれながらAIを試行錯誤して組み上げる。この「エンジニアの裾野の広さ」は、日立、そして日本にとっての勝ち筋と言えるだろう。

 生成AIブームを経て、ようやく「地に足のついた事業」を語れるフェーズが訪れた。黒川は「熟練者という先生がいるうちに、ロボットに体で覚えさせなければなりません」と危機感を口にする。1970年代に先人たちが築き上げた世界最高水準の社会サービスを人口減少時代でも絶やさず、さらにアップデートして次世代へつなぐ。この強い使命感を持ち、「世界一の使い手」をめざす日立が、フィジカルAI時代の地平を切り開く未来は近いだろう。

※本稿は、日立製作所からの寄稿記事を再構成したものです。

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提供:株式会社日立製作所
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2026年3月23日

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