背筋も凍るのは樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

強盗にあったこともあるし、リンチで殺されかけたこともある。熱病でうなされたこともあったが、本当に背筋が凍るのは客先に出す書類が間違っていること。筆者が海外駐在で学んだ書類チェックの重要性とは――。

» 2007年10月18日 19時50分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 海外勤務で、ずいぶん怖い体験もしてきた。

 強盗にあったこともあるし、リンチで殺されかけたこともある。熱病でうなされたこともあった。戒厳令で外出禁止の時に急病になり、軍の輸送車で、銃に守られて病院に入院したこともある。とはいえ「のどもと過ぎれば〜」の故事どおり、過ぎ去ってしまえばどうということもなかった。

強盗より、熱病よりも“怖い”もの

 背筋が凍るのは、客先に出す書類が間違っていることだ。当時の仕事の大半は、海外駐在での国際入札に参加すること。機械やプラント関係の巨大な入札で、何日もかけて提出書類を準備する。数億から始まって数千億の入札となれば、数年もかけて準備した。準備費用だけで億単位の出費になることもある。こうして作成した膨大な書類を、事前に日本から安全に入手しなければならない。

 商社マンにとって、入札書類は何があっても時間に間に合わせて提出することが絶対条件。航空会社の理由であれ、銀行の保証書未着であれ、国際電話がかからないことで価格が最終決められないような時でも、何としてでも入札は出さなければいけないのだ。筆者の場合、幸いにして日本からの書類が一度も紛失したことはないが、書類が届かなかった不幸な人もいたという。徹夜で文章を打ち直し、ファクスで図面をコピーし、数千枚の書類を新しくそろえて提出することになるわけだ。

 本社から担当者が書類を持って来る場合でも、空港のトランジットで書類を置き忘れしないか、神経をすり減らしていた。何十冊の入札書類の中で、核心部分の数冊は担当者がカバンに入れて機内に持ち込んで抱えるように運んだものだ。ちなみに提出する書類はコマーシャルプロポーザル、技術関係仕様書、図面類、カタログ類、銀行の保証書など。書類保存箱3箱ほどを入札前日に封印して、ようやく準備完了だ。

確認、再確認、再々確認

 入札価格を決めるのは通常、早くて入札の締め切りの前夜か、遅くて締め切り時間のぎりぎり前。昔は電信、今はメールだが、念のために暗号化しておくこともあった。筆者の担当した案件では、本社から送られてきた価格をそのまま素直に提出することは少なかった。毎回、ぎりぎりの時間まで、価格を調整(もちろん高くするのではなく、ぎりぎりの値引き交渉を)するべく、本社やメーカーと交渉を繰り返していた。納得するまでは、何回も何回も国際電話で交渉する。当たり前だが、1円でも安く入札すれば勝てるのだ。

 通信文で送られた数字だけでは、万が一の間違いが本社サイドに起こる可能性もあり、電話で内容を再確認することも忘れない。実際に、メールで送られた価格に打ち間違いがあって、全体価格に影響する数千万円程度の訂正をかけたこともあった。駐在している国によっては、国際電話がすべて当局に盗聴されていることも考慮に入れておく必要がある。

 価格を打ち込んで書類がそろっても、簡単に箱に入れることはとてもできない。打ち込んだ価格が間違っていないか、書類に穴があくぐらい眺める。その上、同じ部門の部下や上司に頼んでクロスチェック。さらに、全く違う部門の誰かに頼んで価格の表のタテヨコの計算を確認してもらう。それでも間違っていないか心配になるのだから、筆者はほとほと心配性にできている。

 書類を完成させた後には、数千枚にも及ぶ全書類にサインやイニシャルを書き込む。これらも終わって、封印をする前に、指さしチェックをしながら書類の最後の点検をして、箱につめていく。箱詰めを終えれば、ガムテープで封印をして金庫に入れて準備完了。ようやく終わったのが、入札当日の朝方ということも多かった。

樋口流書類チェックシート
No. チェック項目 チェック欄
1 提出期限を確認したか ○・×
2 書類は正しいか ○・×
3 書類はそろっているか ○・×
4 数字は正しいか ○・×
5 数字をクロスチェックしたか ○・×
6 サインを済ませたか ○・×
7 提出書類の運搬手段は確認したか ○・×

 封印後、新しい心配が始まる。(価格はあれでよかったのか)(価格を書き落とししていないか)(銀行保証書は間違いなく入れたか)(納期を間違ってないか)などと、果てしなく心配になる。寝入りばな、あまりに気になって再度目を覚ましたこともあった。準備が完了しても気楽なムードには一度もなったことがない。

 入札書類を提出する直前に、内容を心配して箱を開封したこともあった。客先のトイレで開封し、持参したガムテープで再度ミイラのようにぐるぐる巻きにして提出したのだった。心配は提出した後も続いていて、公開入札の参加者全員の前で箱が開かれるまで消えない。

 そもそも、なぜ筆者はここまで心配するのか――。入札に1回提出した書類は訂正できないし、金額が大きいことも重要だ。また、社内外の信用問題にも関わる。第一、筆者自身が自分の能力を信用していないのだ。忘れ物で家に帰れば、ヨメサンに「また戻ってきたの」と笑われる始末。鍵をかけ忘れたことも少なくない。自分は必ず間違いを起こすという“確信”があるものだから、大事なビジネスでは入念に確認するようにしている。

 ネット通販の値段を間違って2ケタ低く掲載してしまい、あっという間に数十億の損失――ということもしばしば耳にする。数十万株を単価数円で売ってしまい、数百億の損失が出る時代だ。現場の担当者が確認、再確認、再々確認をしないで、ボタンを押してしまう可能性があるなら、経営者は背筋が凍ってしまうことだろう。

今回の教訓

真実――人は必ず間違いを起こす。


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著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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