観光列車の増殖と衰退――鉄道業界に何が起きているか?杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/4 ページ)

» 2016年02月05日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP


誕生ラッシュの裏で、既に観光列車の衰退が始まっている

 観光列車誕生の勢いが止まらない。本コラムでは昨年9月に『全国に大量発生の観光列車、ほとんどが「一代限り」か』と題してまとめた。ほぼすべてが旧車両の改造であるから、タネになる車両があるうちは観光列車が増えるだろう。しかし、既に老朽化しているから寿命は短い。改造元になる車両も不足している。成功した列車のみ新製車両が投入されて存続する。つまり、10年後には観光列車の淘汰(とうた)が始まると観測した。

 関係者にとっては耳が痛い話だと思う。しかし、現在の盛り上がりに満足するだけではなく、長期的な予測、計画は必要だ。地方ローカル線にとって、通勤・通学など実用輸送を考える場合は地域の問題だ。しかし「観光列車」というステージに立つと、大都市在住者の観光需要の奪い合い、つまり全国レベルの競争になる。観光列車を走らせれば人が来る、という時代は続かない。飽和状態は近い。観光列車を走らせて、なおかつ大都市へ向けた宣伝を続ける。つまり、営業活動が重要になる。

 車両の老朽化による淘汰の参考例を挙げよう。JR北海道のSL列車とトロッコ列車だ。

機関車の老朽化で廃止が噂されるJR北海道「流氷ノロッコ」 機関車の老朽化で廃止が噂されるJR北海道「流氷ノロッコ」

 JR北海道はSL列車について、函館本線系統と釧網本線系統を運行していた。しかし、函館本線系統は新型安全保安装置の導入が決まり、蒸気機関車の対応は費用がかかることから、SL列車は終了した。新しい技術に対応できないという意味で老兵の引退である。ただし、これは定年退職のようなもので、引退する蒸気機関車は東武鉄道への転職が決まった

 老朽化による完全引退はトロッコ列車「ノロッコ号」だ。現在は「流氷ノロッコ号」が運行中。春の臨時列車として「富良野・美瑛ノロッコ号」と「くしろ湿原ノロッコ号」の運行が決まっている。ディーゼル機関車が、風通しの良い客車を引いて走る列車だ。しかし、この機関車が老朽化のため引退すると報じられた。ノロッコ号専用の機関車だから、ノロッコ号自体の存続が危ぶまれている。新たな機関車を作るか、他社から借りるか、ディーゼルカーのけん引に切り替えるという方法もある。しかし、JR北海道は新幹線を含む幹線と安全に資本を集中している。観光列車を走らせる余裕がなさそうだ。

JR北海道の蒸気機関車は東武鉄道が借り受ける。鬼怒川温泉で運行予定(出典:東武鉄道プレスリリース) JR北海道の蒸気機関車は東武鉄道が借り受ける。鬼怒川温泉で運行予定(出典:東武鉄道プレスリリース

 全国レベルの競争の例はSL列車だ。蒸気機関車の保存運行は静岡県の大井川鐵道が先駆者で、1976年から始まっている。当時はSL列車に乗りたければ静岡に行くしかなかった。国鉄も追随して1979年から山口県で「SLやまぐち号」を走らせた。この時代は関東と関西で商圏も異なり、競合というより共存だった。

 しかし、関東地方では1988年に秩父鉄道、1989年にJR東日本が高崎発着のSL列車を始めた。1994年に真岡鐵道がSL列車の運行を開始。1999年にJR東日本が「SLばんえつ物語」を開始。2000年に入るとJR東日本が高崎発着列車を強化し始めて、「SLみなかみ」として列車名を定着させ、2011年に蒸気機関車を追加した。

 今までSLを楽しみに大井川鐵道へ向かった首都圏の人々は、もっと近いところでSLを体験できる。大阪でも1995年から「SL北びわこ号」が走っている。大井川鐵道は関東と関西の両方で客を奪われ、団体旅行バスの減少などもあって窮地に立たされた。2014年からの「きかんしゃトーマス」で、ようやく息を吹き返したところだ。次の策としては静岡空港経由の海外観光客誘致になるだろう。

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