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» 2017年09月30日 07時00分 公開

MAX・LINA「私なりのプロフェッショナル論」:道は自分で切り開く 少しずつでもいいから前に進む (2/4)

[LINA,ITmedia]

友だちが黙って帰宅

 ほかにも米国生活で習慣や文化の違いを感じました。それは米国の人たちは良くも悪くも個性的で、自己主張が強いということです。

 日本人であれば、自分の感情や意見を前面に出すよりも、相手のことを気遣ったり、思いやったりすることのほうが多いです。その反面、かえって気を遣いすぎたりしてしまうこともあります。例えば、友だちに誘われて、本当は行きたくないのだけど、嫌と言えないから一緒にどこかへ行くという経験は皆さんもあるはず。

 一方で、米国の人たちは嫌なことや、やりたいことなどをはっきり主張します。これには最初は面喰いました。

語学学校のクラスメートたち。私の手には修了証書がしっかりと 語学学校のクラスメートたち。私の手には修了証書がしっかりと

 ある日、クラスメートの女の子がランチしようと誘ってくれたので、ご飯を食べに行ったのです。その後、一緒にショッピングを楽しむことにしました。彼女は飼っている犬を連れてきていて、私が靴を試着しているときに「ちょっとワンちゃんのトイレで外に行くね」と店を出て行きました。ぜひ彼女にも似合うかどうか見てほしいと思ってしばらく待っていたのですが、待てども暮らせども一向に戻って来ません。気になって電話をかけると、「あ、ワンちゃんの具合が悪くなったので、家に帰ってきちゃった」と平然と言うのです。

 「え!? そうなら声掛けてくれればいいのに!」

 心の中で思わず叫びました。日本人同士ならそういうことは滅多にないと思いますが、彼女にとっては帰りたくなったから帰った、ただそれだけなのです。

 周囲の人たちの個性が強い分、彼らと対等に接していかないと、ただ振り回されて終わってしまいます。自分の主張もしっかりしなければと痛感した次第です。

 こうした環境を最初はストレスに感じていましたが、固定観念を捨てて、そういうものだと割り切るようにしました。そうして慣れてくると意外と楽なものです。相手が自分に気を遣わないので、こちらもいちいち相手のことを気にしなくていいからです。ただし、何でも自分勝手にすればいいというわけではありません。あくまでイエス、ノーをはっきり意思表示しつつも、うまく相手との関係のバランスをとって過ごすかが大切だと感じました。

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