トヨタの地場ディーラーのオーナーは、地域の名士であり、地域経済に根ざしている。卑俗な言い方をすればロータリークラブの偉い人だったりする。もちろんスタッフの一人一人も、その地域で暮らし、その地域で働く人たちだ。そういう地縁人脈こそがこれまでのトヨタの販売力を支えてきた。
MaaS戦争の中でそれはどういう意味を持つのか? そう考えると謎が解けてくる。これまで筆者はMaaSにとって大事なのはラストワンマイルを担うリアル店舗だと言ってきた。バーチャルとリアルの両方を持っていることこそがトヨタの強みだ。
例えば、自動運転が実現したとき、センサー類のキャリブレーション(較正)をかなりの頻度でやらなければ、運用できない。センサーが狂った自動運転車が走る世の中は悪夢でしかない。そのキャリブレーションサービスができる拠点を抜きに運用システムは構築できない。このようにテック企業が逆立ちしてもできないことがトヨタの6000店舗のネットワークでは可能なのだ。
さて、今後MaaSでどんなビジネスが立ち上がっていくのかを考えると、地域の力はとても重要だ。その地域に必要とされているビジネスは何なのか? 外からやってきた人はどこに行くとモビリティライフをもっと楽しめるのか? 宿や食事、お祭りやイベント、観光や買い物、日々の暮らしに関する膨大な情報が地域には共有されている。裏返せば、そういう地域に根ざしたユニークな情報にこそ価値があり、それはよそ者には簡単に捕捉できない。我々だって土地勘のない場所に行くとき、その地域出身の人にいろいろ尋ねてみるのと同じである。
しかも、そこで地域に合ったMaaSビジネスを立ち上げるとき、東京からやってきた見ず知らずの人ではなく、地元の名士が音頭を取れば、業種横断的なドリームチームを結成して、より多くの地場の人や企業からより濃密な協力が得られる。世界のトヨタの看板はそれを裏打ちする役には立つだろうが、地縁で結ばれた信頼の領域に入れるのは地域販売店の人脈があってこそだ。
地場ディーラーの力をベースにした新しいMaaS戦略は、町おこしであり、インバウンドであり、地域活性化である。さらにこれまで自動車販売というジャンルに特化していたため低かった生産性を高め、「働き方改革」まで同時に実現しようという野望をトヨタは抱いている。
もちろん具体的プランがずらりと並ぶ状況にはまだない。ビジネスを作り出すためには、地場ディーラーの積極的なチャレンジがぜひとも必要なのだ。そのためにも、まずはMaaSを体感し、勘所をつかんでもらわなくてはならない。
これまでトヨタは、豊田章男社長の強い指導力の下で、アライアンスによる仲間作り、TNGA改革、組織変革、大小数多くの提携など、トップダウンの力で改革を進めてきた。しかし今度は販売最前線の地場ディーラーの力でMaaS戦争を戦っていこうとしている。
KINTOはそのための練習台なのだと筆者は思っている。前述の長田常務は「サブスクリプションは今いろいろなジャンルでシェアを広げています。自動車も必ずある程度のシェアを占めるようになるはずです。我々はまずそれを始めてみて、いろいろ勉強しなくてはならないのです」とにこやかに言う。それは嘘ではないだろうが、ただそれだけではないと思う。
トヨタは少子化の進む日本で、もの作りの技術を温存していくために、どうしても年産300万台の規模は日本に残していきたいと言う。輸出を半分と見ればどうしても150万台は国内で売りたい。今までのやり方を続けていてはそれは難しい。ディーラーを軸とした新しいサービスが次々に生まれて来ないと目標達成は厳しいだろう。しかしもしその計画が順調に進めば、全国6000店舗がサービス業として高収益を上げることができるかもしれない。その時、国内で最大拠点数を持つトヨタは大きなアドバンテージを築くことになるはずだ。
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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