日本からスポーツが消えた日――コロナ禍で露呈したスポーツビジネスの法的リスクと課題今こそ求められる法整備(2/3 ページ)

» 2020年05月08日 04時00分 公開
[瀬川泰祐ITmedia]

中止となった場合の「法的解釈」は?

 このように複雑化したスポンサー契約は、試合が中止となった場合、どのように解釈されるのだろうか。スポーツビジネスの法整備に詳しい西村あさひ法律事務所の弁護士・稲垣弘則氏は次のように語る。

phot オンライン取材に対応する稲垣氏

 「今回のケースでは、試合の中止によって、スポーツ団体が、スポンサー契約上の債務を履行できないことにより、債務不履行責任が生じ、スポンサー契約の解除によるスポンサー料の返還義務や損害賠償責任を負担するかどうかが問題となります。

 通常、スポンサー契約には広告主のさまざまな権益が設定されています。近年の契約の複雑化に伴い権益も多種多様になっていますが、各権益に対応してスポーツ団体が負担する債務の具体的な内容は契約上必ずしも明確ではありません。

 債務不履行責任が生じたかどうかを検討するには、まずは『債務』の内容を確定しなければなりませんが、スポンサー契約の場合には、この『債務』の内容の確定が難しい場合が多く、法的な処理を困難にしているという問題があります」。

phot 西村あさひ法律事務所の受付付近の様子

 今回のケースでは、政府の自粛要請を受けて、スポーツ団体はやむを得ず中止の判断を下している状況のように思える。それでも債務不履行と解釈されるのだろうか。この点について稲垣氏は、まずは契約書の文言に着目すべきだという。

 「まず、契約書において一定の要件の下でスポーツ団体は責任を負わないという『不可抗力条項』が定められている場合、要件を充たせば、スポーツ団体は債務不履行責任を負担しないこともあり得ます。

 今回のケースで争点となるのは、新型コロナの影響による試合の中止が、不可抗力事由に該当するかどうかです。『感染症』『疫病』『パンデミック』などの文言が契約書の中に具体的に列挙されていれば、不可抗力条項で解決できる可能性は高いですが、不可抗力条項では解決できないとなれば、民法の理論に従うことになります。

 民法では、スポーツ団体が何の落ち度もなく契約上の債務を履行することができない(『履行不能』)と判断された場合には、『危険負担』というルールに従ってリスクを分配することになっています。

 今年4月1日に『民法の一部を改正する法律』が施行され、契約解除や危険負担のルールも含めて制度が大きく変わりましたが、4月1日以降に締結、または更新された契約については新しい民法が適用されるものの、大半の契約には旧民法が適用されます。

 旧民法の危険負担のルールが適用された結果、スポーツ団体が負担するそれぞれの『債務』に対応したスポンサー料の支払い義務が消滅すると考えられる場合には、スポンサー料の減額が認められることになります。ただ、これは広告主のそれぞれの権益ごとに個別具体的に判断する必要があります。

 例えば、広告主の権益に『チームのロゴ使用』が含まれている場合、試合が中止になっても広告主はロゴを使用できますので、ロゴ使用の権益に対応したスポーツ団体の債務は『履行不能』にはならず、『危険負担』は適用されず減額は認められないことになります」。

 稲垣氏はさらにスポンサー契約における「曖昧さ」をこう指摘する。

「理論的にはこのように整理できるのですが、実務はそう簡単にはいかない場合が多いと思われます。というのも、多くのスポンサー契約では不可抗力条項では解決できず、民法の理論に従うことになると思われますが、通常の契約書では個々の権益ごとに細分化された価格は設定しておらず、個々の権益の価値算定も直ちには困難です。

 そのため、仮に民法上は減額が認められる結論となったとしても、具体的に減額する金額は一義的には定まらないと思われます」。

 スポーツ団体が締結しているスポンサー契約の多くは、おそらく、パンデミックの場合を想定した不可抗力条項、それぞれの権益に対応した債務の内容、権益ごとの価格などは記載されていないことが予想される。そのため、多くのスポーツ団体は、今後、契約内容ごとに個別に広告主と会話していく必要に迫られるだろう。

phot 試合になると、スタジアムのいたるところに看板が掲出され、企業のロゴが露出される

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