もちろん「全ての中小企業=かわいそう」というわけではありません。大企業以上に稼ぐ会社はあるし、早くからホワイト化を進めた健康な職場もあります。
しかしながら、東京商工リサーチによると、2024年4月の「物価高」を起因とする倒産は58件(前年同月比16.0%増)で、4カ月連続で前年同月を上回り、負債総額も139億8600万円(同54.2%増)に膨らみました。円安に伴う物価高で厳しくても価格転嫁が難しく、倒産を押し上げる可能性も高まっています。
政府も「下請けGメン」を増やし、中小企業に寄り添う策を講じていますが、そもそも自分たちで注文を取れる営業部のような組織を持たない中小企業は少なくありませんし、3次下請、4次下請は粗利幅が小さくなる。例えば、トラック業界は、荷主の都合で発生するドライバーの待機時間の労務費を、雇っている運送会社が持たざるを得ない実態があるなど、問題解決には至っていません。
今から10年前、中小企業向けに講演会を全国各地で実施したときに、ある会場で出会った社長さんがこう話してくれました。
「昔はね、取引先がみんな家族みたいだったんです。わしらは何やかんや言っても職人です。自分たちのできることしかできない。それを大企業さんも分かっていて、サポートしてくれた。仕事を発注してくれる大企業のために、うちのような零細企業が独自の技術を生かして頑張った。みんなで作っている感じでね。家族みたいで楽しかったです」
「でも、リーマンショックで大企業さんもそんな余裕がなくなったんでしょう。海外に生産を移すとかで、大口受注が激減し、理不尽な低価格や納期短縮も求められるようになりました。社員たちの高齢化も進んでいているので、みんな死力を尽くしてやっている状況です」
「若い社員を雇って、これまで培ってきた技術を引き継ぎ、経営も若い人たちに任せたいとも思うんだけど、うちみたいな零細企業に来てくれる若い人はいないし、雇う余裕もない。ここ何年も、いつも頭の中は、どうしようかって思いばかりで、ぐっすり眠れることもありません。『もう、アンタの会社はいらない』と言われているような気がしてね。社員には申し訳ないです」
働く人の7割は中小企業の会社員なのに、中小企業の“体力の脆弱さ“は一向に解消されません。
中小企業の厳しさを示す「数字」はたくさん報じられていますが、その裏には一方的な価格の押しつけ、買い叩きなど、物価高騰のコストを下請企業だけに負担させる不合理が、ずっと前から存在し続けている。
「かつての中小企業は下請けでなく同志だった」と件の社長さんが言う通り、日本が世界に誇る「ワザ」の多くは小企業で生まれたにも関わらずです。
数年前、世界にワザを誇る日本の中小企業を取材して回ったことがあるのですが、世界で認められている“日本のワザ”は、いずれも小さな町工場にありました。何十年にもわたって作業着に身を包み、毎日同じ作業を繰り返す中で生まれていた。
その経営者たちに共通していたこと。それは彼らが、モノを作る、ということに頑固なまでに、真正面から向き合っていたことです。作ったモノがあるから、それをおカネと交換する。ごくごくシンプルにいいモノを作る。その対価として、おカネを得る。
彼らにとって大切なのは、その製品を使ってくれている人、その製品のためにお金を払ってくれてる人。金儲けだの、競争だのという言葉はそこにはありませんでした。中小企業の人たちの、愚直さと誇りがあったからこそ、世界に誇れる日本の技術が生まれ、それが大企業の土台になっていたのではないでしょうか。
大企業は中小企業の職人さんたちの技術を尊敬し、職人さんたちが大企業のために必死にいいモノを作り、お互いに敬意を持って協同する風土があったからこそ、今がある。
「家族のようだった」と前述の社長さんが懐かしんだ頃の日本では、中小企業ができないところを大企業が補い、大企業ではできないことに中小企業が力を注ぎ、それぞれに役割を全うし、「いいモノを作ろう! 新しいモノを作ろう!」と目標を共有していました。
中小企業は、“下請け”なんかじゃない。大切な“同志”です。その関係性が、今こそ求めらる時代はありません。中小企業が生き延びるには、大企業がもっとコミットする以外ない。
それが結果的に、大企業の豊かさにつながるという視点を、大企業の経営者にはもっていただきたいです。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
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