WalkMe株式会社 代表取締役。1999年にNEC中央研究所にて研究者としてキャリアをスタート。その後、コンサルティング業界に転身し、アクセンチュアや日本IBMなどで活躍。日本IBMではコンサルティング部門のパートナーとして、AI&アナリティクスを駆使した戦略立案から実行支援まで、数多くのプロジェクトに従事。2019年11月にデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるテクノロジーソリューションであるWalkMeに参画し、現在は同社の代表として、日本企業のDX推進を牽引している。情報理工学博士。
著書に『日本のDXはなぜ不完全なままなのか 〜システムと人をつなぐ「DAP」というラストピース〜』(2024年6月26日発売、ダイヤモンド社)がある。
本連載の最終回となる今回は、これまでご紹介してきたDAP(Digital Adoption Platform)と、ここ数年で一気に注目が高まった生成AIを掛け合わせたときの可能性を探っていきます。
近年、多くの企業が業務効率化やイノベーション促進を目指して生成AIの活用を模索しています。しかし、単に生成AIを導入しただけでは期待した成果が得られず、DXが思うように進まない、という事例が少なくありません。
DXを成功させるには「人」と「システム」を結び付け、テクノロジーを無理なく、かつ効果的に使いこなす仕組みが不可欠です。DAPは従来、さまざまなSaaSやシステムの定着化を支援するものでしたが、これを生成AIと組み合わせることで、より大きな可能性が生まれると期待されています。本稿では、そうした「DAP×生成AI」によるDX推進の未来像と、それが企業にもたらす競争優位性を深掘りしていきます。
2023年以降、ChatGPTや類似モデルの急速な普及により、文章生成やデータ分析、コード作成など多岐にわたる領域でAIの利活用が進んできました。こうした生成AIは、従来のルールベースのシステムにはない「学習データに基づいた推論」で動くため、業務の効率化だけでなくイノベーションの創出にも大きく寄与すると期待されています。
一方で「実際にどう導入すればいいのか分からない」「使ってはみたが情報漏えいリスクや誤回答(幻覚)の扱いが難しい」という声も目立ちます。加えて、生成AIを上手に取り入れるための業務フロー設計やユーザー教育といった課題も顕在化してきました。
総務省発行の「情報通信白書」(2024年版/参考:PDF)によると、個人の生成AI利用率は日本国内ではまだ10%以下で、他国と比べると著しく低い水準です。要因としては、
「使い方が分からない」
「自社ビジネスへどのように応用できるか不透明」
「必要性を感じにくい」
などが挙げられます。これらはDXの阻害要因にもつながり、国際競争力を維持・向上させるためにクリアしなければならない大きなハードルです。
世界的なコンサルティング企業である米ボストン・コンサルティング・グループの調査によると、DXプロジェクトのおよそ70%が失敗に終わっていると報告されています。その背景には「新しいツールやテクノロジーをとにかく導入すること」自体が目的化し、人間側の変革が置き去りになっている現状があります。生成AIも例外ではなく、導入するだけで劇的に成果が出るわけではありません。
生成AIは非常に強力なツールですが、“どのように業務プロセスへ組み込むか”が明確でないと、かえって混乱やリスク増大を招きます。
こうした視点で、人間中心の設計を行い、最適な利用環境を整えておかないと「せっかく導入したのに使われない」「部門ごとにバラバラのAIを使ういわゆるシャドーAIが発生する」といった問題が深刻化しがちです。
DXを成功させるためには、技術ありきではなく人間が無理なく学び、活用し、継続できる仕組みが必要です。生成AI単体では足りない部分を補い、組織全体での導入・定着を支援する仕組みとして、DAPが注目を集めています。
DAPは、ソフトウェアやWebサービスをユーザーがスムーズに使いこなし、定着化させるためのプラットフォームです。例えば画面上での操作ガイド、オンボーディング支援、操作ログ分析などを通じて、ユーザーが新しいシステムに馴染むハードルを下げます。
これを生成AIに組み合わせると、以下のような相乗効果が期待できます。
ユーザーが自発的に生成AIを呼び出し、業務効率を高めるケースです。
業務プロセスの流れに合わせ、生成AIが自動的に提案・支援を行うアプローチです。
いずれのケースでも、生成AIの活用度合いは企業のデジタルリテラシーや業務の性質によって異なりますが、DAPが活用プロセスをスムーズにすることで、業務効率化とイノベーション創出を同時に狙えるわけです。
米Gaertnerは「2027年までに30%の企業が生成AI搭載のDAPを活用し、業務プロセスの自動化を大幅に進める」と予測しています。これは、AIが人間のように画面を操作する“エージェント的”な形へと進化していく中で、DAPがAIの動きを可視化し、人間が最終チェックや承認を行うという新しいフレームワークを提供する可能性があるためです。
IDCの調査によれば、DAPを活用した企業では平均494%のROIを達成し、投資回収期間はわずか5カ月という報告があります。ここに生成AIの生産性向上効果が加われば、さらに高い投資対効果が見込めるでしょう。
生成AIをうまく取り入れることで競合他社より一歩先を行き、DXで差別化を図る企業が増えています。しかし、技術面だけでなく「ユーザーが実務で使いこなす“仕組み”」を作ることが不可欠です。その仕組みとして、DAPが欠かせないピースになり得るのです。
生成AIは、DXを大きく加速させる切り札の一つです。しかし、その力を本当に引き出すには、「人が無理なく学び、業務に埋め込み、継続的に活用する」仕組みを用意することが何より重要となります。テクノロジー自体が優れていても、それをうまく使えなければ成果は得られません。ここで鍵を握るのが、これまで本連載で取り上げてきたDAPの存在です。
単なるシステム導入を超え、「人」と「システム」をいかに結び付けるかがDXの成否を分けます。生成AIとDAPを組み合わせれば、社員の学習コストや現場の抵抗感を低減しながら、高度なAI活用を推進できます。ゆくゆくは、シャドーAIの検出や適切な管理、ノーコードツールとの連携により、誰でも容易に業務プロセスを設計し直せる未来が訪れるでしょう。
DXの未来は、人間がテクノロジーとどう向き合うかで決まります。 生成AIとDAPの融合がもたらす新たな地平は、企業にとって競争力を高める大きなチャンスとなるはずです。本連載を通じて、これからのデジタル社会を切りひらくヒントを少しでもつかんでいただけたのなら幸いです。
どのシステムで、何するんだっけ? “SaaS多すぎ問題”を解決に導く「DAP」とは
生成AI「社内利用率が上がらない」……いつもの業務プロセスに組み込むには?Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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