駅で見かける自動改札機が、大きく変わろうとしている。これまで乗客は、交通系ICカードを改札機のパッドにかざし入場していた。JR東日本ではこの動作を「タッチ&ゴー」と呼んでいる。
だが、次世代の改札機ではタッチが不要になる。顔認証式の新型改札が実用化され、カードを取り出す操作自体が不要になるためだ。
とはいえ、全ての改札が一斉に新型へ切り替わるわけではない。顔認証式改札は、まだ発展途上にある。不具合や予期せぬトラブルが生じる可能性も残っている。
2025年4月8日、JR東日本はプレスリリースを公表した。タイトルは「『Suica Renaissance』実現に向け上越新幹線で顔認証改札機の実証実験を行います」。内容は、上越新幹線で顔認証式改札の実証実験を開始するというものだ。
対象となるのは、新潟駅新幹線東改札と長岡駅新幹線改札の各一通路。設置時期は2025年秋から2026年春頃までを予定している。
この実証は、JR東日本メカトロニクス、日本電気(NEC)、パナソニックコネクト――の3社が共同で進めるプロジェクトだ。だが、対象は限定されている。モニターとして募集されるのは、新潟〜長岡間でSuica FREXまたはSuica FREXパルの新幹線定期券を利用する乗客に限られる。
すなわち、万人を対象とした試験ではない。あくまで初期段階の実証実験と位置付けられている。モニターの募集は夏頃に開始される見込みだが、実際の参加者はごく限られた人数にとどまるとみられる。
この実証実験が目指す評価項目は、主に3点ある。
1つ目は、顔認証技術そのものの精度検証。2つ目は、機器の設置環境に関する実証確認だ。照度やカメラの角度、温湿度といった要因が、顔認証の成否にどう影響するかを評価する。3つ目は、通過時の歩行速度やカメラとの距離、改札機と顔認証センサーの連動性など、実際の運用時を想定した動作確認である。
あわせて、新潟駅と長岡駅にそれぞれタイプの異なる顔認証改札を設置するという事実にも触れておく必要がある。
新潟駅には、従来型改札に顔認証機能を追加したNEC製の改札機を設置。これに対して長岡駅には、トンネル型の新設改札(パナソニックコネクト製)が導入される。
特筆すべきは、新潟駅に既存改札を改造する方式を採った点だ。新設型に比べて設置コストを大幅に抑えられる可能性が高く、コストパフォーマンスの検証として重要な意味を持つ。
仮にNEC製の改札機が、パナソニックコネクト製と同等のパフォーマンスを示すならば、それは地方都市の駅にとって大きな朗報となる。JR東日本の管内に限らず、既設改札に部品を追加するだけで顔認証化できるというのは、全国の鉄道事業者にとっても導入の現実味を増す技術的進展といえる。
では、顔認証式改札は利用者にどのような利点をもたらすのか。
カードやスマートフォンを取り出さずに改札を通過できるという基本的な利便性に加え、Suicaのセンターサーバー化(いわゆる「新Suica」)との連携により、さらなる恩恵が見込まれる。例えば、スマホアプリ上で多様なチケットを購入できるようになる可能性がある。
仮にJR東日本が1週間限定定期券をスマホ専用で販売したとしよう。利用者はスマホで定期を購入し、あとは指定期間内に顔認証改札をそのまま通過するだけでよい。手続きの流れは、極めてシンプルだ。
さらに注目すべきは、顔を使った認証という仕組みの本質的な特性である。従来の定期券では紛失すれば再購入が必要だったが、顔認証によって物理的な定期券の存在そのものが不要になる。テクノロジーの進化が紛失という概念を制度ごと上書きしようとしている。
長期的に見れば、顔認証式改札は「駅周辺店舗のキャッシュレス革命」を後押しする可能性がある。日本でも、すでにレジを持たないレジレスコンビニが登場している。利用者は商品を手に取るだけで、レジに並ぶことなく店を出る。店内に設置されたセンサーが商品の選択を検知し、退店後に自動で決済を行う仕組みだ。
このレジレスコンビニの入退店や決済に、顔認証を組み合わせる動きも今後本格化すると見られる。IDやスマホを提示する必要すらなく、顔だけで個人認証と決済が完了する世界が現実味を帯びてきた。
慢性的な人手不足が続くなか、省力化を図る手段として、顔認証は多くの業種にとって現実的なソリューションになり得る。顔認証式改札は、その突破口として注目を集める技術の一つだ。
JR東日本に先駆けて、顔認証式改札を導入・実用化している鉄道事業者がある。それがOsaka Metroだ。Osaka Metroは約5年半にわたる実証実験を経て、2025年3月25日から顔認証式ウォークスルー改札の一般開放を開始している。現在、同社の全134駅中130駅に新型改札機が設置されている。
利用者は「e METRO」アプリで顔を登録し、デジタル乗車券を購入。その後、顔認証改札を通過できるようになる仕組みだ。
重要なのは、この顔認証式改札が顔を録画しない点だ。顔認証用カメラは常に稼働しているが、録画は行わない。カメラが顔を検知した時点で、特徴量データに変換され、登録された情報と照合する。照合後、データは即座に破棄される。
このような仕組みはセンシティブで誤解を招きやすいため、Osaka Metroは慎重に説明している。
カメラが利用者の顔を認識するという仕組みには、常にプライバシー保護の問題がともなう。これを解決するためには、技術的な対応に加え、顧客情報の管理体制を確立し、その堅牢性をどのように周知するかが重要だ。
JR東日本が10年以内に首都圏でウォークスルー改札を稼働させる場合、毎日数十万の利用者の顔をどう扱うかを、丁寧に分かりやすく説明しなければならない。しかし、この課題を克服すれば、21世紀中葉にふさわしい顔を鍵として活用する生活が実現するだろう。
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