この記事は、『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか?』(黒住嶺・伊達洋駆著、日本能率協会マネジメントセンター)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
入社2年目の河野守は1年後のイベントに向けた準備を担当することになった。イベントを統括する課長の高田宏伸は短気で、結果をすぐに求めるタイプ。その間に立って、プレイングマネジャーとしてチームリーダーを務める松田光は、河野の様子に少し不安を感じていた。
会議室には重苦しい雰囲気が漂っている。1年後のイベントに向けた会議で、それぞれのメンバーから業務進捗と課題が共有されたが、その中で入社2年目の河野が全く準備を進めていないことが明らかになったのだ。
入社してすぐの河野は先輩から言われたことを的確にこなすタイプに見えた。しかし、1年目の後半頃から彼がどんどん自信をなくしていくのを、チームリーダーの松田は感じ取っていた。
とはいえ、松田自身もプレイングマネジャーで日々の業務に追われている。自分のタスクをこなすだけでも精一杯なのに、河野にばかり気を配っていられなかった。
会議室には、高田課長の「2カ月も前にプロジェクトがキックオフしているのに、なぜ1時間で作れるような資料しかできていないんだ!」と叱声が響いている。課長は特に手を抜いていることが如実に見えることに対しては厳しい。「伸びしろがあるからこそ、若手にはきちんとフィードバックすることが必要だ」ともよく言っている。豪快な性格から慕っている人もいるが、今回の一件に関しては、「ただ怒鳴るだけでは、河野は具体的にどう改善していいか分からないのではないか」と松田は思っていた。
会議終了後、うなだれながら会議室を出る河野に、松田は声をかけた。
「河野さん、今日の会議をどう受け止めた?」
河野は肩を落としていたが、絞り出すような声で、「正直、まだまだ時間はあると思ってしまっていました。でも、少しずつ進めていこうとは思っていたんです。ただ、目の前の業務をこなしているだけで精一杯でどんどん後回しにしちゃいました」と言った。
松田は「そうなんだね、少しずつ進めようとしていたんだ。どんなスケジュールで、どのくらい進めていくかは決めていた?」と尋ねた。
すると、河野は目を合わせずに言った。
「いえ、そこまでは。『少しずつ進めないと、終わらないな』と思っていたくらいで……」
おそらくこのままでは、河野は同様の失敗を繰り返すことになるだろう。河野自身も追い詰められるし、チームにとってもマイナスだ。
河野の返事に、松田は「じゃあ!」と提案をした。
「こまかく進捗の確認をするのはどうだろう? 今日の会議のように、私も含め、みんなそれぞれのタスクを持って進めている。2〜3カ月に1回の部長と課長を交えた会議だけでは、正直、迷っていることを随時相談できないし、みんなも大変だと思うから」
松田の提案に、「いいですね」と一瞬目を輝かせた河野だったが、すぐにしゅんとした様子で言った。
「ただ、みんな忙しいのに2週間に1回も会議ができるでしょうか? 面倒だと思われないかと心配です……」
河野の発言に松田は静かに首を振った。
「いや、これは河野さんのためだけでなく、“みんなのため”でもあるんだよ」
河野は、多くの人が陥りがちな理由で仕事の先延ばしをしていました。それに対して、課長の高田は具体的な対策を含まない叱責(しっせき)をしてしまいました。これでは解決にはつながりません。
このケースの場合、チームで先延ばしを是正していくにはどのような手だてがあるでしょうか。注目するのは、タスクの担当者が「報酬」を得るまでの期間です。
ここでいう「報酬」とは、心理学でよく使われる用語で、何らかのうまくできたことに対して与えられるご褒美のことを指します。給料やボーナスといった目に見えるものだけでなく、達成感などポジティブな感情を得られることも含みます。こうした報酬が得られるまでの時間的な距離が遠い、つまり、なかなか報酬がもらえないと、タスクが先延ばしにされる傾向があることがわかっています。
これには、実際の遠さだけでなく、「遠さに対して本人がどれくらい敏感か」という個人の感覚も関係します。人は報酬が遠いと、身近ですぐに得られる報酬を優先的に得ようとします。皆さんも何かしていたのに、ついスマートフォンでSNSや動物のいやし動画を見ていた、ということはないでしょうか。特に「自分の感じた欲求をすぐに満たしたい」と感じる傾向である「衝動性の高い人」は、報酬の遠さに対して敏感であるともいえるため、先延ばししやすい傾向があります。
こうしたメカニズムを、仕事の場面に置き換えて考えみましょう。難しい仕事を終わらせることは、大きな達成感を得られるかもしれません。しかし、その報酬が得られるのが先になると身近な報酬に手を伸ばし、タスクの先延ばしが生じてしまいます。
一方、どんな仕事でも、着手さえすれば一定の進捗につながっていくものです。そこで、対策の基本方針としては、「その仕事に関する達成を細かく設定する」ことが有効です。仕事の達成までの時間を短縮することで、報酬を得られるまでの時間が短くなり、モチベーションを維持しやすくなります。その結果、先延ばしが抑制されるのです。
「周囲の対策」も「本人の対策」においても、報酬が近くなるように、工数が少ないものから始めるという方向性を意識しましょう。達成までの工数が少ないものからどんどん着手することで、早く成果を得られます。そのために、タスクを小さくしていくことも併せて進めていきます。
割り当てられている業務が、会社にとって完全に新規の業務であることは少ないはずです。過去の事例を探れば、類似の業務を見つけ出すことができます。過去の経験やテンプレートを生かして、取り組みやすいタスクにしていくことで、難易度を下げ、報酬への距離を短くすることができます。
1年がかりの大イベントや新商品開発の仕事などは、長期間にわたる業務となり、「まだ時間がたっぷりある」と感じ、先延ばしが生じがちです。また、進捗状況が見えづらく、「遅れていることにさえも気付かない」ケースもあります。
こうした業務に対しては、サブゴールを設けたり課題を切り分けたりし、スモールステップで進めていく意識が重要です。例えば、プロジェクトの節目に全体ミーティングを開催し、チームで小目標の達成状況を共有するといった方法が考えられます。
一方で「自分の達成度が低いと思われるのではないか」と不安を覚えるメンバーがいるかもしれません。そのため、「できていないことを非難する場ではなく、達成度や進捗を認め合う場である」という共通認識を持って臨んでいく姿勢が欠かせません。他メンバーの努力を素直に称えて成果を目指して前進していける、前向きな風土を醸成していけるとよいでしょう。
本人ができる対策として、大きな目標を小目標に分割し、着実に前に進めていくということが挙げられます。例えば、数カ月の目標について、1週間や月の上旬・中旬・下旬などに細分化するということです。スモールステップに切り分けることができれば、比較的早めに達成感を味わうことができ、次のタスクに進んでいくモチベーションにつながります。その結果、先延ばしが抑制されます。
また、プロジェクトマネジメントツールなどを使いながら、着実に進んでいることを見える化するのも、達成感を抱きやすくなる方法の一つです。ただし、ツールに示される数字に一喜一憂するのではなく、一歩でも着実に前進していくことを意識していくことが大切です。
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