すかいらーくホールディングスが、主力業態である「ガスト」などの店舗店長に対し、最高年収を1000万円超へと引き上げる新制度を導入した。
従来の上限は840万円。年収200万円規模のベースアップは、業績連動型であることを差し引いても相当なインパクトがある。
この報酬体系の変更は、単なるインセンティブ強化や人材流出防止といった人事政策の文脈だけでは捉えきれない。より根本的に、日本の地域モビリティ構造の変質に対する企業の対応策として見るべきだ。
ファミリーレストラン(以下、ファミレス)は、1960年代末から1970年代初頭にかけて日本で誕生・発展した外食業態である。米国の郊外型コーヒーショップを手本に、家族連れを主な顧客層とし、安価・長時間営業・多国籍メニューを特徴とするチェーンレストランとして独自に進化した。
この業態の原型をつくったのは、1959(昭和34)年に福岡で大衆向けレストランを開業したロイヤルである。1969年にはセントラルキッチン方式を導入し、1971年にロイヤルホストとして郊外型1号店を開いた。
一方、東京では1970年にすかいらーくがドライブイン型レストランとして出店し、大規模チェーン展開の先駆けとなった。以降、1970年代から90年代にかけて、デニーズ(1974年開業)、サイゼリヤ(1973年開業)など多様なブランドが参入した。1990年代には低価格競争が激化。2000年代以降は牛丼チェーンなどによるM&Aや業態転換も進んだ。
ファミレスの提供方式は、セントラルキッチンで加工した食材を店舗で最終調理するセミプロセス型を採用している。これにより味と品質の均一化が可能となり、マニュアル化と非正規人材の活用によって効率的な運営が実現されてきた。現在、ファミレスはカジュアルダイニングに分類される。ファストフードと高級レストランの中間領域を担いながら、多様化と再編を重ねてきた。
ファミレスの拡大は、日本の郊外型自動車社会と密接に連動していた。ガストなどのチェーンは、主要幹線道路沿いに出店し、日常の「外食 = 移動をともなう行為」という生活様式の一部を形成していた。この構造は3つの条件に支えられていた。
――である。しかし近年、これらの前提は次第に崩れつつある。人口減少と高齢化に加え、若年層の都市流出が進み、郊外の人口構造は縮小に転じた。クルマを前提とした家族単位での移動も成立しにくくなっている。
加えて、最低賃金の引き上げや生活保護基準の相対的上昇により、低賃金を前提としたアルバイト雇用モデルは持続困難になってきた。ファミレスという業態は今、物流・流通・人流の変質と真正面から向き合わざるを得ない局面にある。
すかいらーくホールディングスが打ち出した人事制度改革は、店舗を単なる飲食提供の末端ではなく、地域社会のサブセンターとして再定義する戦略転換ともいえるだろう。店長という役職は、厨房とフロアを統括する従来型の責任者から、より広範な機能を担う現場マネージャーへと変貌しつつある。その役割には、
――も含まれる。シニア層や副業人材といった非定型な労働力の活用も、重要な任務の一部となっている。
こうした職責を担う現場管理職に対して、高度なマルチスキルが求められるのは当然である。しかし、これまでの年収レンジ(600〜800万円)では、大都市圏の物流センターの現場責任者や大手企業の課長職と比べて、仕事内容に対する報酬水準が見合っていなかった。人材流出の背景には、この非対称性があった。
ゆえに、報酬の見直しは避けて通れない。これは単なる賃上げではなく、職能と市場価値との整合性を回復するための調整である。「高すぎる」といった短絡的な批判は、産業構造の変化を捉え損ねているといわざるを得ない。
今やファミレスは、飲食業という枠を超えつつある。コロナ禍以降に進んだデリバリー需要の急拡大により、多くの店舗は「簡易型ラストワンマイル拠点」として機能し始めている。自社で配達員を確保するケースも少なくない。
この機能をECに例えれば地域倉庫、コンビニならフランチャイズ店長、流通業なら小規模物流拠点の統括責任者に近い。ファミレスの店長は、もはや飲食店の責任者ではなく、地域生活インフラの最前線を指揮する“司令官”と呼ぶべき存在だ。とりわけ、
――においては、その存在意義はさらに大きくなる。こうしたエリアでは、ガストのようなチェーン店が、事実上の地域セーフティネットの一部を担っている。
かつての外食産業は、動ける人を主なターゲットとしていた。車を所有し、家族で移動でき、夜間の外出も可能な層である。
しかし現在、社会の重心は明らかに動かない人へと移りつつある。移動弱者を前提とした生活圏の再設計が進むなかで、飲食・流通・医療・教育といった基盤サービスは、いずれも「供給側が動く」ことを前提とする構造に変わった。
ファミレスの店長は、こうした動かない生活者に向けて、日常的なサービスを安定的に提供する役割を担っている。提供するのは、食事、接客、安全、雇用など多岐にわたる。これらを複数シフト制で、均質な品質と安全管理を維持しながら運営しなければならない。求められるスキルも、従来の現場力にとどまらない。
――までが求められる。このような職務に対して、年収1000万円という報酬水準を適用することは、もはや例外ではない。むしろ次世代の社会インフラにおける人件費モデルとして、標準化すべき対象である。
一方、地方や郊外の労働市場では、若年層の人材確保が最大の課題となっている。都市部への人材流出を防ぐには、あるいは流出した人材を呼び戻すには、とどまる選択に対する正当な報酬の設定が不可欠だ。
今回の報酬制度改革には、そうした意図が明確に表れている。ガスト店長の報酬引き上げは、若者にとって地元で生きることが合理的な選択肢になり得るというシグナルである。さらに、交通インフラの空洞化が進む地域では、こうした定着型の生活基盤が、地域の持続性を支える要素にもなっていく。
ガスト店長の年収1000万円という数字は、確かに目を引く。しかし、なぜ外食店の責任者にそこまで支払うのかという問い自体が、もはや時代遅れとなっている。そうした認識は、移動型社会を前提とした過去の構造に基づいている。
2025年現在、外食チェーン店の店長は物流拠点の管理者であり、地域雇用のハブであり、生活インフラの調整役でもある。交通と流通の交差点に立ち、移動型社会から定着型社会への転換を現場で支えている。
責任の重さと運営の持続性を考えれば、年収1000万円は決して過剰ではない。むしろ、社会構造の変化に応じて、人件費水準がようやく見直されつつあるといえる。
ファミレスは、今や地域における生活拠点として再定義されている。年収1000万円の店長制度は、その地殻変動を象徴する一手にすぎない。そしてそれは、外食産業全体の生存戦略を占うカギでもある。
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