実は創業78年 「おかしのまちおか」運営企業が“いまさら”上場するワケ古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2025年06月20日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 菓子専門ディスカウントストア「おかしのまちおか」を運営する「みのや」(さいたま市)が、7月18日に東京証券取引所スタンダード市場への上場を予定している。

 創業70年超、直営207店舗という確固たる基盤を持ちながら、これまで非上場を貫いてきた同社は、なぜ今になって株式公開に踏み切ったのか。その背景を探るとともに、同社における上場という経営判断の意義を改めて確認していきたい。

堅実な経営を続けてきて、なぜ「今」上場するのか?

 みのやは1942年創業。1997年に「おかしのまちおか」第1号店を東京都板橋区に開店して以降、関東圏を中心に中京・関西圏へと出店を拡大してきた。

 店舗網は2025年5月末時点で207店舗だ。全店が直営店であり、フランチャイズは一切行っていない。

photo 「おかしのまちおか」公式Facebookより引用

 そんな同社の業績は極めて堅調だ。2020年6月期にはコロナ禍の影響で純損失を計上したが、その後はV字回復を遂げ、2024年6月期には売上高225億円、純利益7.1億円、自己資本利益率(ROE)33.3%という高収益体質を実現。5年間で純利益は8倍に膨らんだ。

 みのやは、この安定した利益構造を背景に今回のIPOで約6億円の資金調達を行い、新規出店や物流投資、業務効率化に充てるとしている。一方、売出株のうち約20万株は創業家を含む既存株主によるものであり、オーナー一族の資産流動化の意味合いも一部には見られる。

フランチャイズ・急成長路線を選ばない理由

 同社が一貫して直営主義を貫く背景には、売り場の完成度や商品ラインアップの統制を手放さない方針がある。書面でも「全店舗を直営とし、フランチャイズ展開は行わない」と明言しており、独自のブランディングと運営ノウハウを生かした売り場展開を守っていくことを優先している。

 その結果、IPOの目論見書からは、プライベートブランドの展開という点は読み取れるが、急速な全国展開や海外進出といった短期成長路線を取っていないことが分かる。今後も関東・中京・関西の3圏域でのドミナント出店に注力する。このような戦略は、新規上場企業にありがちな「夢のある成長ストーリー」ベースの株価形成とは一線を画している。

 同社がグロース市場ではなく、スタンダード市場を選んだ理由もこうした事業方針にあるといえるだろう。そもそも、スタンダード市場は中長期的な企業価値向上と安定経営を重視する設計であり、急拡大を前提としない「地に足のついた成長」を評価する枠組みだ。

 では、なぜこのタイミングで上場を選んだのか。その答えの一つは、金融環境の変化にあると考えられる。

 現在、日米ともに金利上昇局面にあり、従来型の銀行融資による資金調達はコストが上がっている。みのやは目論見書の中で、新規出店や既存設備投資において「資金調達の手段として自己資本を活用する」と明記しており、株式発行による資本調達の方が資本コストを抑えられるという経済合理性がある。

 加えて、労働市場が流動化しつつある中で、上場による知名度向上と株式報酬制度の活用は、若手人材の確保・定着を促進する副次的効果も期待できる。

 これは、同社従業員の平均年齢が44歳と、類似業種と比較しても高い部類に入るみのやの人員構成を若返らせ、将来的な店舗展開の担い手を育成する上で布石となり得るだろう。

本来の上場とは「夢を語ること」ではない?

 上場は、ときに「夢を語ること」であった。圧倒的な成長率、時価総額◯兆円、海外展開――これらのビジョンが華々しく語られることで投資家の期待が集まり、資金が集まり、株価が上がった。

 だが、そのような「夢」や「短期・急成長」といった期待先行での株価形成が先行する結果、AI開発のオルツのように粉飾決算に手を染めてしまうようなケースも目立ってきている。

 この点について、みのやは菓子というありふれた商材ながら、それでも年7〜10店舗のペースで地道に直営出店を続け、10億円を超える営業利益を確保してきた。急成長を望まない代わりに、同社は崩れないモデルを構築しているといえるだろう。

 今回の上場は、派手な将来ビジョンを示すものではない。しかし、物価高や実質賃金の低迷が続く中、消費者の「安くて楽しいおやつの時間」を支えるこの企業の価値は、時価総額やリターンだけでは決まらないのではないだろうか。

 急がず、崩さず、拡げすぎず――。おかしのまちおかの上場は、成長神話ではなく堅実の美学を株式市場に示しているのかもしれない。

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