自動車メーカーを大きくふたつに分類し、経営構造と成長指標の相関を分析する。
一つは、役員数が絞られ、経営中枢に一貫した意思と方向性が通底するトップ主導型。トヨタやBYDがその代表例である。もう一つは、取締役会を軸に各部門や出資関係者との調整を重視する協調型で、日産やフォルクスワーゲンが該当する。
トップ主導型では、経営判断の一貫性と意思決定の速度が事業構造の転換に直結する。開発サイクルが長く、設備投資の規模が莫大な自動車産業では、先の見えない領域に対しても決断を先送りせず、あるべき未来から現在を巻き戻すような逆算的行動が必要になる。
とくにEV戦略のように、制度誘導や技術革新の速度が変数として働く局面では、「拙速であれど仮説ベースで動ける構造」の優位性が際立つ。
一方、協調型では、複数の視点を統合する過程そのものに時間と労力を要し、その調整コストが市場の変動スピードに追いつかない場面が増えている。つまりこの構造では、意思決定の質は高まっても、事業機会の損失リスクが比例して高まる。これは、経営の失敗ではなく、構造的な応答力の問題である。
成長指標として、2018年から2024年までの7年間における売り上げ伸長率を比較すると、差は顕著だ。トップ主導型では、BYDが6.4倍、トヨタが1.6倍に達した。一方、協調型ではフォルクスワーゲンが38%増、日産は10%増にとどまった。
こうした傾向は、誰が経営するかよりも、「どういう設計思想の下で組織が動くか」が将来の成長ポテンシャルを規定するという事実を示唆している。
ただし、特定の構造が常に優位であるわけではない。企業の統治構造は普遍的なテンプレートではなく、環境条件や産業周期に応じて可変であるべきものだ。問うべきは、統治構造そのものの正しさではなく、環境との間に存在する“摩擦の少なさ”である。
仮に意思決定の構造がスピードをともなっていても、外部環境との接点が曖昧(あいまい)であれば、成長は空回りする。一方で、慎重な調整を重ねる組織であっても、その内部に革新を受容する弾力性が残されていれば、ある種の耐性をもって環境変化を吸収できる。
結局のところ、最終的な成果を左右するのは構造そのものではなく、構造と組織文化、環境変化への身体的な“応答力”との相互関係である。そしてその応答力の持続可能性を決めるのは、「権限がどのようなフィードバックを受ける仕組みに置かれているか」という、組織の設計思想にほかならない。
目まぐるしく変化する自動車産業の経営環境において、「最適な支配構造」は常に流動的だ。独裁か民主かという単純な二元論ではなく、企業に必要なのは、状況に応じて柔軟に方針を転換できる責任と可変性である。
理想的なのは、「強いリーダーシップが暴走せずに機能し、企業が持続的な成長を遂げられる構造」だ。そのためには、経営に対して常に監視や抑制が働く仕組みが欠かせない。株主をはじめとするステークホルダーの役割は、そうした構造を支える上で一層重要になる。
意思決定の仕組みは理念で語るものではなく、現実の事業環境に応じて設計されるべきものだ。経営者の資質そのものよりも、どのような構造のもとに誰を配置するかが問われる。
重要なのは人物よりも枠組みである。
日産の経営危機やZ世代の意識の変化が浮かび上がらせたのは、「誰が決めるか」ではなく「どう決めるか」という問いである。変化を前提に、経営体制を継続的にアップデートしていく柔軟性こそが、これからの企業に求められる資質といえる。
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ディップは、小さく生成AI導入を開始。今では全従業員のうち、月間90%超が利用する月もあるほどに浸透、新たに「AIエージェント」事業も立ち上げました。自社の実体験をもとに「生成AIのいちばんやさしいはじめ方」を紹介します。
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