「交通ルール無視」が続出 電動キックボード規制緩和の大誤算Merkmal

» 2025年06月22日 08時00分 公開
[作田秋介Merkmal]
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 2023年7月、道路交通法が改正され、一定の要件を満たした電動キックボードについては免許なしでの運転が可能となった。

 表向きは都市交通の多様化と脱炭素化を推進する制度設計として歓迎されたが、その裏側では、制度設計の基礎となる交通規範の理解が著しく希薄なユーザーを大量に生み出す結果となった。

 規制緩和が公共空間における秩序の崩壊を招いている。施策の発想から実施、そして運用の現実までを点検することで、なぜこのような歪(いびつ)な事態に至ったのかを明らかにする。

電動キックボードの免許なし運転が公共空間にもたらしたものとは。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 2020年代に入り、都市部を中心にマイクロモビリティーの導入が進むなか、電動キックボードはシェアリングサービスによって急速に普及した。だが、当初は原動機付自転車に分類され、

  • 免許の取得
  • ヘルメットの着用
  • 車道の走行

――が義務付けられていたことから、市民の利用には一定のハードルが存在した。

 業界団体や関連企業はこの障壁を撤廃すべく働きかけを強め、政府は2023年の法改正により「特定小型原動機付自転車」として免許不要での運転を認めた。年齢要件は16歳以上、最高速度は時速20キロメートル、ヘルメットの着用は努力義務とされた。

 利便性が前面に出され、アクセスの間口を広げることに成功したように見えた。しかし、この設計は前提を欠いていた。すなわち、「交通ルールとは何か」「標識や信号の意味とは何か」――といった基礎的知識を身につけていない者が、公共空間において移動の主体となるという現実である。

加害者でも教習・再試験の対象にならない

 警察庁の統計によれば、特定小型原動機付自転車の交通違反検挙件数が急増している。2023年7月施行から1年間で累計2万5156件に達した。内訳では通行区分違反が1万3842件(55%)、信号無視が7725件(31%)で、いずれも基本ルール違反が中心である。

 同時期の交通事故は219件。負傷者は226人に上ったが、死亡例は確認されていない。事故の7割超は東京都で発生し、9割以上がレンタル車両によるもの。運転者の過半数は20代であった。

 しかし、問題は統計だけでは捉えきれない。東京都港区では2023年10月、22歳の男子大学生が電動キックボードで70代歩行者に衝突し、太ももの骨を折る重傷事故が発生した。大学生は飲酒運転を認めている

 制度面での構造的な欠陥も浮き彫りになっている。免許制度が適用されないため、点数制度による運転者管理が機能せず、再教育や指導の枠組みが存在しない。加害者は事故後も教習や再試験の対象となっていない。

 その結果としての現状は、「フィードバック機構のない制度設計 = 制度の抜け穴」を生んでいるといわざるを得ない。

交通インフラ統制を市場論理に委ねる愚

 徒歩、自転車、公共交通、そして自動車。それぞれの移動手段には、法的な責任と空間の取り扱い方に違いがある。免許制度はその違いを可視化し、運転者に必要な判断能力の水準を求める機能を担ってきた。

 これを撤廃したことで、自由な移動を求める利用者と、公共空間の管理責任を持つ行政の間に、リスクと責任の非対称が発生した。

写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 この構造では、事故や混乱のコストは社会全体に分散される一方で、利用者側には「自己制御の仕組み」が存在しない。免許を不要とすることで新規参入を促進した結果、交通秩序の維持に必要なコストは、結果として自治体や警察に転嫁される。運用の現場は、その矛盾の帳尻合わせに追われている。

 歩道と車道の間を高速移動するモビリティーが法の保護の下にある場合、必要となるのは「交通とはなにか」「道路は誰のものか」――という、制度そのものの哲学に対する理解である。だが、法改正は、交通という公共インフラの統制を市場の論理に委ねる方向へとかじを切った。ここには明確な問題がある。

 自動車産業が80年かけて築いた「道路のルールと責任の体系」は、そもそも運転者が教育を受け、罰則の下で行動するという前提のもとで構築されていた。電動キックボードのような新技術が導入された際に、なぜそれと異なる運用が許容されたのか、その説明責任は果たされていない。

民間の都合で侵食される都市安全

 2021年4月に開始された試験運用において、電動キックボードは原付扱いで管理されていた。

  • 免許
  • ヘルメット
  • 車道走行

――という3原則は、煩雑さはあれども交通秩序の混乱は最小限に抑えられていた。この制度を継続していれば、現在のような法令無知による混乱は起きていなかった可能性が高い。

 にもかかわらず、政府は利便性と利用者数の拡大を優先し、交通安全や制度の一貫性を後回しにした。導入初期において想定された

  • 利用者の自主的学習
  • ヘルメット着用の常識化

――といった希望的観測は、現実の運用において脆くも崩れている。仮に今、制度を原付扱いに戻せば、多くの事業者が市場撤退を余儀なくされることは避けられない。しかし、それを恐れて見て見ぬふりをするなら、都市の安全保障は民間の都合によって侵食され続けることになる。

 道交法を知らない者が、都市空間の中で時速20キロで移動する――。この現実に対し、政策担当者はいかなる説明責任を果たしているのか。

 技術の進歩に合わせて制度を柔軟に設計することは必要であるが、それは知識と責任をともなう者だけに許される自由である。

 電動キックボードの免許不要化は、「知らないこと」を許容することで成り立つ制度である。そして知らないことが無害である世界は、すでに過去のものとなった。

 法と秩序が崩れれば、コストを支払うのは常に社会全体である。「移動の自由」を保障するために、本来、制度は知識の前提に立脚するべきである。その原点が覆されたまま、公共空間に自由だけが放たれている。

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