「再配達無料」は異常だった──手渡し「有料化」で、暮らし・社会におこる大変化とは?Merkmal

» 2025年06月28日 08時00分 公開
[猫柳蓮Merkmal]
Merkmal

 2025年、宅配の在り方が大きく変わろうとしている。

 国土交通省は「標準運送約款」の見直しを通じ、全ての宅配において「置き配」を基本とし、対面での手渡しを追加料金の対象とする方針を示した。

 置き配とは、配達員が荷物を直接渡さず、受取人の希望する場所に置いて届ける方法である。場所は玄関前や宅配ボックス、ガスメーターの上などが一般的で、配達員は荷物を置いた後にチャイムを鳴らすか通知を送ってその場を離れる。

宅配の在り方が大きく変わろうとしている。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 この方法には、いくつかの利点がある。

 不在時でも荷物を受け取れるため再配達の手間が省ける。配達員との接触を避けられるため、感染症対策や対人接触を避けたい人にも支持されている。受取人は在宅時間に縛られず荷物を受け取れる点も大きい。

 一方で課題もある。

 置かれた荷物の盗難リスクが指摘されており、実際に玄関先から持ち去られるケースも報告されている。天候の影響で荷物が濡れる懸念もある。また、指定場所の不明瞭さによって誤配や配達トラブルが起きる可能性もある。

 だが、今回の制度変更は消費者の行動、物流業者の収益構造、住宅のインフラ、そして都市設計にまで波及する可能性を孕(はら)んでいる。

 宅配はすでに、玄関先の利便性にとどまらない。都市の経済活動そのものを規定する基幹的な輸送インフラとなった。今回の制度見直しを正しく理解するには、「配達員の負担軽減」といった表層的な議論では足りない。輸送資源の再配分という視点から、より構造的な問い直しが求められている。

再配達「無料」の異常さ

 現在の宅配便料金には、初回配達に加えて1回以上の再配達までが含まれるケースが多い。これは配送側にとって著しく不利な非対称性を生む。

 2025年4月の宅配便の再配達率は約8.4%だ。これには追加の労力・時間・燃料コストが発生する。この負担は平均化できず、地方部のように配達密度が低いエリアや、タワーマンションのように1件あたりの配送時間が長くなる環境では致命的となる。

 再配達が「無料」であることも問題だ。受取人に配慮を促すインセンティブが働かない。時間指定があっても不在が多く、金銭的負担がないため、居留守や意図的な不在が発生しやすい。結果として配送効率は下がり、宅配産業の労務集約度が高まる。ドライバー不足の深刻化にもつながっている。

 現代の都市物流における最大の課題は、ラストワンマイルの生産性だ。中継地点から戸口までの区間には、人的資源と時間が集中する。とりわけ手渡し配達には、

  • 顧客の在宅時間との同期
  • 呼び出しや身分確認などの待機
  • 物理的移動距離(エレベーターや敷地内の通路を含む)

――といった要素が絡む。いずれも定量化可能なコストである。

 一方、置き配は玄関先や宅配ボックスに置くだけで完了する。時間単価で比較すれば、配達効率は数倍に向上する。配送完了件数を1時間あたりで最大化する――それが事業者にとっての最優先事項であり、置き配を標準とする判断には、明確な経済的合理性がある。

宅配ルール変更は「住宅のあり方」を変える

 現行制度では、宅配のコストの大半は事業者が負担し、顧客はその恩恵を当然のように享受してきた。だが、再配達や手渡し対応といった顧客都合によるコストは、本来サービスの追加要素である。

 料金体系を見直すことで、宅配における外部コストの内在化が始まる。すなわち、「利便性を享受する側がその対価を支払う」という、価格の等価性が求められる時代になる。

 これにより、消費者の行動も変容する。受け取り方の最適化(宅配ボックス、営業所受取、時間指定の厳守)が促され、輸送資源が無駄に消費される状況を抑制できる。これは、ドライバーの負担軽減という人道的な話にとどまらず、都市全体の交通総量やCO2排出、道路混雑の軽減にもつながる輸送資源の再設計である。

 国交省が約款見直しに乗り出す背景には、物流が社会インフラであるという認識の深化があるだろう。実際、建築基準法や住宅設計においても、近年は宅配ボックス設置を前提とした設計が進んでいる。宅配ルールの変更は、住宅のあり方を変える。

 また、置き配の標準化が進めば、防犯設計も変わる。通りからの死角、カメラ設置位置、玄関前スペースの形状。さらには盗難補償や荷物の耐候性(材料や製品が屋外での雨・風・紫外線・温度変化などの自然環境にどれだけ長期間耐えられるかを示す性能)といった視点から、物流適応型住宅の開発も進むだろう。

 かつては人がモノに合わせて移動していた。だが、現代はモノが人に向かって動いている。この変化のなかで、住宅もまた配送最適化された空間として設計されることが不可避となる。

Eコマース、配送方法に応じた価格設計が不可欠に

 この制度変更は、Eコマース事業者にも再定義を迫る。

 これまで送料無料を前提とした価格競争が進んできたが、手渡しが有料化されることで、配送方法に応じた価格設計が不可欠になる。最終的には、

  • 安いが置き配前提の商品
  • 高額だが手渡し保証の商品

――が分化し、小売業態が二極化していく可能性がある。また、コンビニ受取や営業所留めといったセミセルフ型受取が中間解として普及するだろう。これは小売と物流の交差点の最適化でもある。

 今回のような運送約款の見直しに対し、「行政が決めることか?」との疑問の声も少なくない。しかし、標準運送約款は、民間事業者が共通して用いる制度的基盤である以上、そのルール変更は市場全体の再設計としての正当性を持つ。

 むしろ問題は、行政がどの程度の裁量を民間に残すかにある。

 手渡し有料化が過剰な硬直化を生まず、利用者・事業者の創意工夫の余地を残す設計であるかどうかが今後の焦点となる。

 宅配制度の変更は、都市の構造や住宅設計、消費行動、事業者の収益モデルを同時に書き換える制度転換である。

 都市部ではすでに自動配送ロボットや宅配ステーションの試験導入が始まっており、宅配の未来像は大きく変わりつつある。

 置き配が標準となる時代は、個人の利便性を超えた都市全体の輸送資源最適化という社会的課題への応答である。

 この制度改変は、日本の都市物流にとって避けて通れない関所となっている。

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