HR Design +

「全社員がAIを使いこなす」組織は、“5つの課題”を乗り越えているAI・DX時代に“勝てる組織”

» 2025年07月10日 07時00分 公開
[小出翔ITmedia]

連載:AI・DX時代に“勝てる組織”

AI時代、事業が変われば組織も変わる。新規事業創出に伴う人材再配置やスキルベース組織への転換、全社でのAI活用の浸透など、DX推進を成功に導くために、組織・人材戦略や仕組みづくりはますます重要になる。DX推進や組織変革を支援してきたGrowNexus小出翔氏が、変革を加速させるカギを探る。


 前回の記事では、これからのAI時代に企業が求められる「AI標準の働き方」はどのようなものかと、その好影響を紹介しました。

前回の記事

 しかし「正直、AIなんて難しそうで使いたくない」という社員も含めた組織全体にAI活用を浸透させ、企業の強みにしていくのは、簡単なことではありません。

 今回は、AIシフトを実現するために乗り越えるべき5つの課題と、変革の具体的なステップをお伝えします。

AI「全社浸透」のために、乗り越えるべき5つの課題

 AI標準の働き方への移行は、大きな可能性を秘めている一方で、乗り越えるべき課題も存在します。それらを認識し、適切に対処することが、変革を成功に導く鍵となります。

photo (提供:ゲッティイメージズ)

課題(1)指導層のスキル不足と育成

 「上司がAIを用いて教えるスキル」が不足しているのは全社での生成AI活用において大きなハードルです。企業は、まず管理職や中堅層に対し、AIの操作リテラシーだけでなく、AI時代の新しいOJT手法やフィードバック方法に関する研修を優先的に実施する必要があります。

課題(2)従業員のスキル格差拡大とレイトマジョリティ層以降への対応

 これから企業が生き残るためには、もはや先行層のAI活用だけでは不十分であり、ボリュームゾーンである「変化に対してより慎重な層」に、いかにAIを業務に組み込んでもらうかが極めて重要になります。

 これらの層は、自律的にAIを学び始める可能性が相対的に低いため、組織的な働きかけなしにはスキル格差が拡大し、AI活用の恩恵が一部にとどまってしまうリスクがあります。

 そこで、先行しているイノベーター層の自発性や知見を生かし、彼らを推進役やメンターとして巻き込む視点が重要です。

課題(3)AIへの過度な依存とクリティカルシンキングの低下リスク

 AIの提案を鵜呑みにし、自ら考えることを放棄してしまう危険性が指摘されています。

 AIはあくまでアシスタントであり、最終的な判断は人間が行うという原則を徹底し、批判的思考力を養う教育も並行して行う必要があるでしょう。「現場体験をすっ飛ばす」ことなく、リアルな経験から得られる洞察力も引き続き重視すべきです。

課題(4)ハルシネーション、情報漏えい、倫理的課題への継続的対応

 AIの出力には誤情報が含まれる可能性があり、機密情報の取り扱いには細心の注意が必要です。

 倫理ガイドラインの徹底、技術的な安全対策、そして継続的な社員教育を通じて、これらのリスクを管理し続ける必要があります。

課題(5)適切なポジションやキャリアパスの不足

 新人や若手が高度なAI活用スキルを身に付けても、それを生かせる役割やキャリアパスが組織内に不足していると、モチベーションの低下を招きかねません。

 AI時代を前提とした人材ポートフォリオを再設計するとともに、事業や機能ごとに増やす職種、変革する職種を明確にし、新たな価値創出を担う人材が活躍できる場を提供する必要があります。

「AI時代の組織」に変わる5つのステップ

ステップ1:経営層のコミットメントとビジョン策定

 全ての変革は、経営層の強い意志と明確なビジョンから始まります。まずは「AI活用の全社戦略としての位置付け」をしましょう。AI活用を単なるITツールの導入ではなく、経営戦略の中核に据え、全社的なDXの一環として推進する意思を明確にするのです。これには、必要な投資(ツール、人材育成、体制構築)に対するコミットメントも含まれます。

 「AI倫理・ガバナンス方針の策定」も必要です。 生成AIの利用には、ハルシネーション(誤情報)、機密情報漏えい、著作権侵害、バイアスといったリスクが伴います。そのため早期の段階で、自社としてのAI利用に関する倫理指針やガバナンス体制の基本方針を策定し、社員が安心してAIを活用できる基盤を整えることが重要です。実際に多くの企業が、人間による検証の義務付けやプロンプトと出力のログ管理、倫理・ガバナンス研修に取り組んでいます。

 「成功事例の共有と期待醸成」も欠かせません。経営層自らがAI活用の重要性を社内に発信し、先進企業の事例(例:三菱商事のAI資格義務化、PwCの全社員研修投資)を共有することで、変革への期待感を醸成します。

ステップ2:推進体制の構築とパイロット導入

 ビジョンを具体的な行動に移すためには、推進力のある体制と、小さな成功体験の積み重ねも不可欠です。例えば「専門部署またはプロジェクトチームの発足」はその一つです。AI活用推進を担う専門部署を設置するか、部門横断的なプロジェクトチームを組成します。このチームは、AI戦略の具体化、ツール選定、研修プログラム開発、ガイドライン策定などを主導するものです。

 続いて「パイロット導入とユースケースの特定」にも取り組みましょう。 全社での展開に先立ち、特定の部門や業務を選定し、パイロット導入を実施します。ここでは、具体的なユースケース(例:顧客ミーティング準備、レポート要約、FAQ自動応答など)を特定し、効果を検証します。

 最後に「初期段階での成功体験の創出と社内への発信」として、パイロット導入で得られた定量的・定性的な成果(時間短縮、品質向上、従業員満足度向上など)を積極的に社内に共有します。AI活用のメリットを可視化することで、全社展開への機運が高まるはずです。

ステップ3:全社的なAIリテラシー教育とツール展開

 AI標準の働き方を実現するには、全社員がAIを使いこなせるスキルを習得することが前提となります。そのため「階層別・職種別研修プログラムの設計と実施」に取り組みましょう。全社員を対象とした基礎研修(AIの基本、倫理、基本操作)に加え、職種や階層に応じた専門研修を提供します。特に、部下を指導する立場にある中堅・管理職のリスキリングは急務です。

 その上で「全社員へのAIツール提供と利用環境整備」に取り組みます。セキュリティとガバナンスを確保した上で、全社員が利用できるAIツール(例:ChatGPT Enterpriseのようなエンタープライズ向けAIプラットフォーム)を導入し、アクセス環境を整備します。

 ステップ3の最後としては「事例共有文化の醸成とサポート体制」が挙げられます。効果的な活用事例やテンプレートを共有する社内ポータルやコミュニティを構築し、ナレッジの蓄積と横展開を促進していくと良いでしょう。

 ヘルプデスクの設置や定期的な勉強会開催など、社員が気軽に質問・相談できるサポート体制も重要です。ベンチャー企業で見られるような、社内Wikiにベストプラクティスを蓄積するといった機動的な取り組みも参考になります。

ステップ4:業務プロセスへの組み込みと標準化

 ツールの提供と研修だけでは、AI活用は定着しません。日常の業務プロセスの中にAI利用を明確に位置付けることが重要です。例えば「まずAIを使ってみる」業務を作るのも一つの手です。「ドラフト作成にはまずAIを用いること」「レビュー時にはAI使用の有無とプロンプトを記載すること」といったマニュアルを作り、AI利用を業務の標準ステップに組み込むのです。

 「AI活用ガイドラインの策定と周知徹底」も欠かせません。具体的な活用方法、禁止事項(機密情報の入力制限など)、トラブル発生時の対応などを明記したガイドラインを作成し、全社員に周知します。

 「AI活用度合いの可視化と奨励」として、積極的に利用している社員やチームを表彰するなどのインセンティブを設けることも、利用促進につながります。ただし、従業員エンゲージメントとのバランスには配慮が必要です。

 さらに「AIとの対話で企画書ドラフトを作り上司がレビュー」→「修正プロンプト」→「再提出」といった短サイクルのタスク設計をOJTに導入し、日常業務の中でAI活用スキルを磨く機会を提供するのも忘れないようにしましょう。

ステップ5:効果測定、フィードバックと継続的改善

 AI標準の働き方は、一度導入したら終わりではありません。継続的な効果測定と改善のサイクルを回していくことが、その定着と高度化には不可欠です。

 具体的には「AI導入効果のKPI設定とモニタリング」を実施します。時間短縮やコスト削減といった生産性向上、アウトプット品質向上、イノベーション創出件数といったKPIを設定し、定期的にモニタリングします。

 また「モデル・プロンプトの品質評価と改善」としてAIの出力品質を継続的に評価し、必要に応じてプロンプトの改善やAIモデルへのフィードバックを行う仕組みも構築しましょう。

 AI技術は日進月歩で進化しますから「研修内容・ツールのアップデート」も欠かせません。最新の動向を踏まえ、研修内容や利用ツールを定期的に見直し、アップデートしていく必要があります。

 並行して「社内コミュニティの活性化と成功事例の横展開」も行いましょう。AI活用に関する社内コミュニティを活性化させ、部門を超えてノウハウを共有する文化を醸成します。これにより、組織全体のAI活用レベルが底上げされるはずです。

時代はすぐに変わる ピンチをチャンスに

 AIベースの働き方標準は、もはや遠い未来の話ではなく、私たち全員が向き合うべき現実の課題であり、同時に大きなチャンスでもあります。単に新しいテクノロジーを導入することではなく、仕事の進め方、人材の育成、そして組織の在り方そのものを、AIとの協働を前提として再構築するプロジェクトになるでしょう。

 本稿と前回の2回にわたって示したステップはあくまで一例であり、それぞれの企業が自社の状況に合わせて最適な道筋を設計していく必要があります。その過程では「技術の導入」と「人と組織の変革」を、車の両輪のようにバランスよく進めていくことが何より肝要です。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR