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千葉銀行に激震 「100人の会社」を買って「1万人のAI専門人材」を獲得した──いったい何が起きている?

» 2025年03月10日 10時25分 公開
[斎藤健二ITmedia]

筆者プロフィール:斎藤健二

金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。


 千葉銀行は2024年12月10日、AIアルゴリズム開発企業のエッジテクノロジー(東京・千代田)を完全子会社化した。買収額は約90億円。地方銀行が純粋なAI企業を丸ごと傘下に収める珍しい事例として注目を集めている。

 2024年12月時点で従業員数は99人と、一見すると企業規模としては大きくないように見えるエッジテクノロジー。しかし、同社を買収することで千葉銀行は1万人にも上るAI専門人材を味方に付けた。どういうことなのか? その狙いと戦略を取材した。

千葉銀行のAI企業買収が、画期的である理由

 千葉銀行がここまでの大型投資に踏み切った背景には「未活用の顧客データを宝の山に変える」という明確な戦略がある。

 膨大な顧客データを持ちながらも活用に課題を感じていた千葉銀行と、AI技術に強みを持つが営業力に弱みがあったエッジテクノロジー。互いの強みを掛け合わせ、地域金融機関の新たな成長モデルを構築する狙いだ。

 「DXを進める中で、時代の変化も大きい。自前でやりながら先端的に進めてはきたが、より高度なことをしていくには専門的なノウハウが必要だった」。千葉銀行の官澤太郎執行役員は、今回の買収の背景をこう説明する。

 千葉銀行は「ちばぎんDX 3.0」を掲げ、デジタル改革を経営の柱に据えてきた。しかし外部のSIerに依頼するプロジェクトでは「本当にベストフィットなエンジニアでチームが組まれているとは言いがたく、銀行ドメインの知識も十分でないケースがある」という課題があった。エッジテクノロジーを傘下に収めることで、金融グループの中でAIに強い組織を抱え、知見を蓄積しながら金融ドメインに強いエンジニアを育成していく狙いがある。

千葉銀行の『ちばぎんDX 3.0』構想図。エッジテクノロジー買収はこのDX戦略を加速させる狙いがある。特に右側に示された3つの活用領域(デジタル接点、業務活動、顧客支援)にAI技術を組み込むことで、データ活用の質を飛躍的に高める計画だ

 千葉銀行が描くAI活用の青写真は大きく3つある。

 1つ目は「お客さまとのデジタル接点」で、顧客向けマーケティングの高度化だ。2つ目は「自行内の業務活動」における効率化。3つ目は「お客さまの業務活動」を支援するAIソリューションの提供だ。これにプラスして「AI人材育成」も重要な柱として位置付ける。

 千葉銀行とエッジテクノロジーは検討体制として「PMI PT」(買収後統合プロジェクトチーム)を発足。戦略計画分科会、AIビジネス分科会、リスク管理分科会を設け、シナジー施策の具体化を急いでいる。次期中期経営計画が終了する2029年3月までに「千葉銀行グループ全体で30億円相当の金額効果」を目指すと発表した。

1万人のAIフリーランス──「変動費型」人材ネットワークの革新性

 エッジテクノロジーの最大の特徴は、社内に抱える正社員のエンジニアだけでなく、AIに強いフリーランスのネットワークを持つ点だ。「AIに強いフリーランスエンジニアが1万人ほど登録しており、そのうち常時1000人程度がアベイラブル(稼働可能)な状態」と官澤氏は説明する。

 このネットワークの最大の利点は「オフバランス化」されていることだ。「稼働させなければコストとして発生しない。採用すると固定費が発生するが、オフバランスのネットワークを自前で築くのは不可能だ。そういう機能を買った」という。このモデルにより、必要な時に必要なスキルを持つAI人材をアサインできる柔軟性を獲得した。

 フリーランスと聞くと不安定なイメージを持たれがちだが、実態は異なる。「フリーターというよりも高度な専門スキルを持った独立プロフェッショナル。SIerでエンジニアをやっていたが、手に職をつけて自信があるから独立した人たちだ。自分の月額単価もよく理解している」という。組織のマージンが発生しないため、クライアントにとっても「低コストで高品質な人材」を確保できるメリットがある。

 エッジテクノロジーでは「キャリアアドバイザー」と呼ばれる社員が、これらフリーランスの経験、スキル、得意分野を細かくデータベース化して管理。「自然言語が得意」「画像認識が得意」「音声が得意」など、AIの各専門領域に応じた人材を迅速にアサインできる体制を整えている。

顧客データをどう輝かせるのか

 買収の成果は具体的にどのような形で現れるのか。千葉銀行では3つの領域でAI技術の活用シナリオを描いている。

千葉銀行とエッジテクノロジーの協業ロードマップ。2024年度中にAIマーケティングモデルの第1号案件組成を目標とし、2025年度以降は順次領域を拡大。フリーランスネットワークを活用した体制拡充や、AIジョブカレ導入による人材育成も並行して進める人物 千葉銀行の官澤太郎執行役員。エッジテクノロジー社の社外取締役も兼務し、両社の知見融合を図る。『顧客基盤と技術力の掛け算で新たな価値を創出する』と語る

 まず顧客向けマーケティングの領域では、従来のAIモデルを進化させた「ニーズランクモデル」の構築を目指す。顧客データを分析して金融商品購入の可能性を数値化し、最適なタイミングで提案する仕組みだ。

 「例えば賃貸に住む家族で、2人目の子どもが生まれて4人家族になった世帯。上の子がそろそろ小学校に行く年齢で、給与収入もこれくらいあれば住宅を購入できそう、といったさまざまなパラメータから顧客のニーズを予測するモデルをすでに持っている」と官澤氏は説明する。

 しかし現在のモデルは対応商品が限られ、またWebの行動データを活用できていないといった課題があった。「まだまだ使えるデータはたくさんある。ニーズランクモデルを作り、精度を高めたい」。官澤氏は「ベストタイミングで適切な提案ができれば顧客満足度が上がる。逆に精度が低いとニーズのないメールばかり送ることになり、顧客が銀行からのメール自体を見なくなるリスクがある」と、精度向上の重要性を強調する。

 業務効率化の領域では、約100のジャンルで優先順位を付けてAI活用を進める。例えばマネーロンダリング対策では膨大な量の口座動きをモニタリングするが、特徴的な動きをAIで検出することで精度を上げられるという。他にも「音声のテキスト化」「行内規定の質問応答」「倒産予測」「融資審査」「稟議書作成支援」などの活用を検討中だ。

 特に稟議書作成では「融資の経験が少ない若手行員でも、AIの支援により適切な稟議書が作成できるようになる」と期待を寄せる。読む側も「それぞれのスタイルで書かれた決裁書類より、定型化された方が楽である。必要項目が網羅されていることも確認しやすい」という利点がある。

 顧客企業支援では、千葉銀行グループの子会社・ちばぎんコンピューターサービスとエッジテクノロジーが連携し、AI関連のソリューションを提供する。「顧客企業がkintone(サイボウズが提供するクラウド型業務アプリ構築プラットフォーム)などを導入しているケースで、そこにAIアルゴリズムを組み込む」といった支援が可能になるという。

地銀AI活用の新次元 第三の道を切り開く

千葉銀行の官澤太郎執行役員

 千葉銀行とエッジテクノロジーの提携は、地方銀行業界におけるAI戦略の新しいモデルを提示している。従来の「内製か外注か」という二択を超えた「第三の道」だ。

 「固定費増加リスクを抑えながら、必要な時に最適なAI専門家をアサインできる体制を整えた」と官澤氏は説明する。この提携モデルは、銀行が持つ顧客データと金融ドメインの知識、AI企業が持つ技術と専門人材ネットワークを組み合わせることで、両者の強みを最大化する戦略だ。

 このモデルの真価は、金融サービス自体の進化にある。「AIが行員に取って代わるのではなく、AIを活用して新たな価値を創出する」というビジョンが、買収の本質的な狙いである。前述した顧客向けマーケティングの高度化や業務効率化はその具体例だ。

 地方銀行業界の将来を見据えたこの先駆的取り組みは、AIと金融の新たな共進化の形を示している。千葉銀行がデータの宝庫と技術の融合から生み出す成果が、日本の金融DXの指標となるだろう。

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