訪日客ラッシュの裏で……大阪で民泊トラブル噴出 自治体が迫られる“決断”Merkmal

» 2025年08月16日 08時00分 公開
[高田泰Merkmal]
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 大阪市が国家戦略特区制度に基づく「特区民泊施設」の急増に市民の不安が高まっているのを受け、規制策の検討に入った。9月までに対策を具体化する方針だ。

 大阪ミナミの繁華街を大きなキャリーケースを引きずった4人組の米国人女性が歩く。関西空港で入国し、南海難波駅から歩いて5分ほどの宿泊先へ向かう途中だ。サンディエゴから来た年長の会社員(32歳)は「日本へは3回目。今度の旅は大阪や京都を拠点に関西をあちこち回るつもり。万博も行きたい」と笑顔を絶やさない。

 宿泊先は大阪市浪速区の民泊用マンション。上海出身の中国人が経営する施設で、ツインベッドの寝室が2部屋ある。長期滞在だが、宿泊料金は1泊1人当たり5000円ほどで済むという。訪日外国人観光客の急増と大阪・関西万博の開催で宿泊料金が高騰する大阪市中心部では、リーズナブルな料金。お目当ての道頓堀や黒門市場も目と鼻の先だ。

 この民泊施設のオーナーはコロナ禍前から営業を続け、民泊サイトのレビューで高評価が多い。しかし、そんな民泊施設ばかりではない。

  • 「宿泊客がごみ捨てルールを守らない」
  • 「深夜まで大声で騒ぐ」

――など、大阪市に多くの苦情が寄せられている。

キャリーケースを引きずってミナミを歩く訪日客(筆者撮影)

全国の特区民泊、9割が大阪市に集中 苦情は4年で4倍超に

 2024年度に受け付けた特区民泊施設に対する苦情は399件。2021年度と比べると4倍以上に急増した。しかも、苦情の約6割が、一定規模以上の店舗は立地が認められない住居地域からだった。

 大阪市は特区民泊を2016年に導入した。住宅用居室での宿泊サービスを旅館業法の特例として認める制度で、民泊新法(住宅宿泊事業法)で認められた民泊施設に課せられる年間180日までの営業日数制限がなく、採算性が高い。

 大阪市のほか、東京都大田区、千葉市、新潟市、北九州市、大阪府、大阪府八尾市、大阪府寝屋川市が導入しているが、大阪市内の特区民泊認定施設は3月末現在6038施設で、居室数1万6616室。コロナ禍の終息後、訪日客が戻ってきたのに伴い、急激に認定施設が増え、全国の特区民泊施設の約9割が集中している。

 訪日客が殺到するミナミの繁華街に近い中央区、浪速区、マンションの家賃相場が低く、交通の便が良い西成区で増加が目立っている。さらに、施設を運営する中国人が在留資格の経営・管理ビザを取得して移住する例や、国内不動産業者の特区民泊施設開発も相次いでいる。

大阪市が整理した8つの問題点 国への法改正要請も視野

 大阪市は7月末、宿泊対策プロジェクトチームの会合を大阪市役所で開いた。プロジェクトチーム自体は2016年から設置されているが、特区民泊問題の浮上を受け、横山英幸市長を議長とするチームに再編成して対応を検討した。

 プロジェクトチームは

  • 住居地域での苦情増加
  • 海外に居住する事業者への直接指導が困難
  • 宿泊者による迷惑行為の増加

――など8項目の問題点を整理し、9月までに対策を具体化することを決めた。運営状況を把握する仕組みがないなど、国家戦略特区法上の問題に対しては、国に法改正を求める方針だ。大阪市観光課は「施設が急増し、いろいろな問題が出てきた。国とも情報を共有しながら、市が実施できる対策をできるだけ早く進めたい」と述べた。

大阪市特区民泊認定施設数・居室数の推移(市資料から筆者作成)

 横山市長は8月上旬の記者会見で、特区民泊施設の開発が相次ぐことについて「制度があるためにそこにビジネス展開を考える人がいるのは間違いない。課題を修正しながら、今の都市キャパシティを見て制度をどうするか判断したい」と語った。

吉村知事「新規認定の一時停止を」

 大阪市が特区民泊を導入したのは、訪日客の急増で宿泊施設不足が深刻になったからだ。導入前の2015(平成27)年に約85%だった大阪市内のホテル、旅館客室稼働率は、民泊施設の増加もあって2024年に約75%に緩和されている。

 だが、2024年に大阪府を訪れた訪日客数は大阪観光局の推計で約1464万人に上り、過去最高を更新した。2025年は大阪・関西万博開催もあり、上半期(1〜6月)に過去最高の約848万人が押し寄せている。南海電鉄の空港特急が難波駅に着くたびに大勢の訪日客が吐き出され、大阪市中央区の戎橋などミナミの名所は連日、訪日客で足の踏み場もない。

 訪日客ラッシュに目をつけた不動産業界では、マンション全体を民泊施設とする動きが加速してきた。万博会場の夢洲やテーマパークのユニバーサルスタジオジャパンに近い此花区では、賃貸マンションとして建設された14階建て、全212室の施設が完成直前に天然温泉付き特区民泊施設に変わり、近隣住民の反対を押し切って6月末に開業した。

此花区に誕生した14階建て、全212室の特区民泊施設(筆者撮影)

 住民らは大阪市に認定しないよう求めたが、大阪市は地域との調和や住民の安全を求める要請書を事業者に交付して施設を認定した。施設近くのマンション住民は「訪日客が多数やってくるようになった。静かな暮らしが妨げられている」と反発を隠さない。

 港区では、一部の部屋を特区民泊施設としていた賃貸マンションが全室特区民泊施設にするとして、入居中の住民に退去を求める騒ぎが発生している。インバウンドマネーに群がる業者の動きが、市民の暮らしを圧迫している格好だ。2施設2室の特区民泊施設が営業する寝屋川市は8月上旬、市民の間に懸念の声があるとして特区民泊からの離脱を決めた。

 吉村洋文大阪府知事は7月末の記者会見で大阪府市がそれぞれ実施する特区民泊について「新規の認定受け付けをいったん停止すべきだ」との考えを明らかにした。大阪市のプロジェクトチームでも議論されているが、これだけ問題が噴出する以上、市民の生活エリアとにぎわい創出エリアを分け、特区民泊施設を立地制限するなど制度の見直しが必要だ。

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