攻める総務

出社回帰でオフィスに必要な「5つの視点」とは “交流の場”だけでは不十分【新連載】組織を伸ばすオフィス戦略

» 2025年08月21日 07時00分 公開
[上原優磨ITmedia]

新連載:組織を伸ばすオフィス戦略

オフィスへの投資を単なるコストではなく、組織成長を加速させる「戦略的投資」として捉えるには、何が必要なのか。オフィス構築支援を手がけるソーシャルインテリアの上原優磨氏が、その具体的な手法を解説します。


 コロナ禍で「オフィス不要論」が叫ばれるようになってから、はや5年。リモートワークが定着した一方で「コミュニケーションの希薄化」や「組織文化の衰退」といった課題が顕在化し、多くの企業が出社回帰の動きを見せています。

 オフィスをハイブリッドワークにおけるコミュニケーションの場として活用する──そうした方針をよく耳にします。しかし、その戦略はまだ抽象的すぎると言えないでしょうか。これからのオフィスに求められる「5つの役割」を解説します。

「オフィス不要論」から5年 今こそ考え直すべき役割

 2020年、突如訪れたコロナ禍は、日本の働き方に大きな変化をもたらしました。緊急事態宣言とともに、オフィスは一斉に“機能停止”し、リモートワークが急速に普及しました。ZoomやSlackといったツールの活用も進み、「オフィスに行かなくても仕事は回る」という実感を持った方も多いでしょう。

 それを契機に、多くの企業がオフィスの縮小や解約を進めました。「固定費を削減できる」「柔軟に働ける」という合理的な判断に見えたのも事実です。実際、2021〜2022年には首都圏のオフィス空室率が一気に上昇し、オフィス構築支援を手掛ける当社にも「半分の面積で収めたい」「完全にフルリモートに移行したい」という相談が急増しました。

 しかし2025年を迎えた今、こうした“オフィス不要論”の揺り戻しとも言える現象が起こっています。特に中長期的にリモートワークを進めた企業ほど、「あれ、何かが足りない」と気付き始めているのです。

photo オフィスの価値が見直されている(提供:ゲッティイメージズ)

縮小がもたらした副作用

 実際に企業の経営者や人事・総務担当者を中心に、以下のような悩みが多く見られます。

  • メンバー間の関係性が薄くなった(雑談や偶発的なコミュニケーションが発生しにくい)
  • 新入社員が孤立してしまう、成長が鈍化している
  • チームとしての一体感が醸成されない、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が浸透しにくい
  • イノベーションや新たな考え方が生まれにくくなった

 これらは一言で言えば、「コミュニケーションと組織文化の希薄化」です。日々の雑談、ちょっとした相談、同じ空間にいることで生まれる安心感──そうした“空気”のような価値が、実は組織のパフォーマンスに大きく影響していたのです。

 実際、ギャラップ社が2023年に発表した調査では「職場に強いエンゲージメントを感じている従業員」は世界平均でわずか23%という結果が出ています。日本はさらに低く、わずか5%です。リクルートワークス研究所の『Works Index 2022』では、コロナ禍を通じて「職場での学びの質や成長実感が低下した」というデータも明らかになっています。

 さらにここ1〜2年、オフィス出社を“任意”から“推奨”に切り替える企業も増えています。2024年以降、日系の大手企業複数社が「週3日出社」などのガイドラインを打ち出し、“ハイブリッドワーク”の最適解を模索し始めています。

再評価されるオフィスの役割

 こうした流れを受け、いま再び「オフィスの存在意義とは何か?」という問いが浮上しています。

 オフィスは、単に「働く場」ではなく、

  • 組織のカルチャーを共有し、浸透させる空間
  • 社員のつながりとモチベーションを支える場
  • 学びや気付きを得られる“偶然”を仕込む装置

といった、より“感性的・関係的”な価値を持つ空間として再定義されつつあります。実際に、オフィスコンサルティングを手掛ける当社にも2023〜2025年にかけて「縮小ではなく“再設計”したい」という依頼が増えてきました。

 このような再評価の動きは、日本だけでなく世界的にも起きています。米国のGoogleやJPモルガンでは、ハイブリッド勤務前提の「出社したくなるオフィス」づくりに積極的に投資をしています。これは、単なる福利厚生や雰囲気作りではなく、組織の生産性と創造性に対する“戦略的投資”と捉えられているのです。

オフィスを問い直す、5つの視点

 では、私たちはこれからのオフィスをどう捉え直せばよいのでしょうか。従業員にとってよりよい環境を作るために大事なのは、次の5つの視点です。

(1)関係性の質:偶然の出会いや雑談をデザインし、信頼と連携を高める

 オフィスにおける最大の価値の一つは、人と人との“偶然の出会い”です。リモートワークでは必要最低限のコミュニケーションに絞られがちですが、リアルな場では業務と直接は関係のない雑談や相談が自然に生まれます。こうした非計画的なやりとりが、チーム間の信頼や協力関係の土台になります。

 カフェスペースやオープンなミーティングエリア、共有のホワイトボードなどをあえて動線上に設けることで、部門を超えた“交差点”をつくる設計が有効です。人間関係の質を高めることは、結果的にコラボレーションや創造性を引き出すきっかけになります。

(2)成長と学び:若手と先輩から働き方を“肌で学べる”環境を作る

 若手社員の育成には、知識やスキルの共有だけでなく、先輩の所作や思考のプロセスを観察できる環境が不可欠です。リモート環境では、仕事の成果は見えても、その過程が見えにくくなりがちです。

 そのため、オフィスは“学びの場”としての設計が求められます。あえて壁を低くしたセミオープンな執務スペースや、会話が聞こえるエリアは、自然な観察学習を可能にします。

(3)経営の意思反映:経営理念・メッセージを空間に反映する

 オフィスは、企業が「どんな組織でありたいか」を物理的に示すメディアとしての役割も持ちます。環境配慮を重視する企業であればリユース家具の活用や植物の配置、クリエイティブな文化を推進したい企業であればアートや雑誌・本を設置するなど、空間そのものが企業の理念を語ります。

 これは無言のブランディングとして機能し、従業員へのメッセージだけでなく、来訪者への印象形成にもつながります。オフィスの細部に経営の意思が宿ることで、組織としての一貫性や文化の醸成が深まります。

(4)ハイブリッド前提の機能性:テクノロジーと連携した柔軟な利用設計

 今日のオフィスは、“全員が常に出社する”という前提から少しずつ離れ、より柔軟な働き方を支える設計が求められています。対面・リモートの混在を前提としたハイブリッドワークに適応するためには、空間の柔軟性とテクノロジーの連携が重要です。

 オンライン会議に最適化されたマイク・カメラ・照明を備えた会議室や、オンライン会議に集中できるブースなどが挙げられます。多様な働き方を支える“器”として、オフィスは進化を求められています。

(5)感性価値:五感に訴える空間設計で、集中・創造・リフレッシュを切り替える

 オフィスはただの“作業場”ではなく、五感に訴える“体験の場”でもあります。視覚的に開放感のある設計、やわらかな照明、落ち着きのある音環境、心地よい香り、木や布の手触りといった要素は、心理的安全性や集中力に直接影響を及ぼします。

 集中・創造・休息といった働くモードに応じて空間を切り替えられるよう設計することで、パフォーマンスの質を高められます。

 これらをもとにオフィスを見直すことで、単なる「箱」ではなく、「企業価値を高める場」へと進化させられる可能性が高くなります。

 次回は、2025年時点で注目されている最新のオフィストレンドを、実際の事例を交えながら詳しくご紹介します。「働く場をどうアップデートするか?」と悩む方に、具体的なヒントを届けます。

上原 優磨

株式会社ソーシャルインテリア 空間デザイン事業本部 プロジェクト推進部 マネージャー

新卒で大手空間プロデュース企業に入社し、商業施設やホテル、オフィスなど多様なプロジェクトを担当。大規模案件の実績を重ね、専門性を磨く。

現在は、マネジャーとして部署を統括し、クライアントとの対話から潜在課題を掘り下げ、論理的に解決へ導くオフィス空間づくりに取り組んでいる。

デザイン性だけでなく、働く人の体験や企業の成長につながる空間の実現を重視している。


ソーシャルインテリア

「インテリアの世界を変える。インテリアで世界を変える。」をミッションに掲げ、法人向けにオフィス移転から空間デザイン、家具選定までワンストップでサポートする「ソーシャルインテリア オフィス構築支援」を展開している。


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