2024年度の救急車出動件数は約717万件に達し、過去最高を記録した。総務省消防庁の発表によるもので、前年度比で約8万件の増加となった。今後は高齢化の進展により、さらなる急増が見込まれる。
一方で、不適正な利用や不要不急の通報も増えている。これにより、重篤患者への迅速な対応が困難になるほか、119番通報から現場到着までの時間が延びる事態が問題となっている。
背景には、自力で医療機関に行けない「独居高齢世帯の増加」がある。救急車をタクシー代わりに利用するケースも少なくない。
こうした状況を受け、緊急性が認められない場合に救急搬送者から「選定療養費」を徴収する病院も増えている。選定療養費とは、保険診療の範囲外で、医療機関の機能分担を目的に患者が追加で負担する費用である。全国的に救急車利用の有料化を模索する動きが強まっている。
神戸市は、救急車出動1件あたりのコストを公表した。2023年度の試算額は4万5469円。人件費や燃料代などを含む。市を含む多くの自治体は、少子高齢化の進行や財源ひっ迫を背景に、救急搬送の無料提供が困難になっていると訴える。
東京消防庁は、2024年中の119番通報件数を発表した。管轄内の受け付けは109万5531件。そのうち、約2割が緊急性のない問い合わせや消防と無関係な通報だった。救急医療制度を維持するには、自治体と医師会の連携が不可欠だ。不適切な救急車利用の抑制が急務となっている。
近年、モラルの低い119番通報が増えている。救急車の適時・適切な利用を促しても、浸透しにくい傾向がある。高齢化の進行にともない、この傾向は今後さらに加速するとみられる。背景のひとつが、独居高齢者の急増だ。
独居は人との交流や活動機会を減らす。
――などを招く恐れがある。結果として、「誰かに話を聞いてほしい」「外来で待つのが嫌」などの理由で119番を利用する事例もある。
加えて、独居高齢者は医療アクセスが難しい。通院には体力や移動手段が必要で、病院にたどり着くハードルは高い。さらにPCやスマートフォンを使わない情報弱者も多い。救急車の適正利用や救急安心センターの案内が届きにくい現状がある。
こうした状況を踏まえ、独居高齢者が他者と関わる機会を確保する必要がある。社会活動の継続や心身機能の維持を支える仕組みづくりが求められる。
多くの病院で救急搬送の有料化が進んでいる。
2024年6月から三重県松阪市の3病院で7700円、同年12月から茨城県の22病院で1万1000〜1万3200円の費用徴収が始まった。これは、紹介状なしで受診した際にかかる「選定療養費」を活用した制度である。医師が緊急性のない軽症と診断した場合に適用される。制度導入後、三重県松阪市では2024年の搬送者数が前年より12.1%減少した。2025年以降、救急車の出動件数の抑制が期待される。
また、2025年6月に横浜市で開催された「第28回日本臨床救急医学会総会・学術集会」では救急車の有料化問題がディベートのテーマとなった。多角的な視点からメリットとデメリットが議論された。
賛成意見としては制度の必要性が指摘される一方、
――などの懸念も示された。
諸外国では救急業務の料金制度が確立している。多くの都市で救急車の利用ごとに料金が請求されており、公営と民営が混在する。
ドイツでは州によって異なるが、約2万〜7万円が請求される。一方で医療費は保険制度が充実しており、基本1割負担で医療サービスを利用できる。
米国も州ごとに料金が異なる。搬送距離や救命士同乗の有無で料金が変動する。例として、ニューヨークでは救命士なしで約9.8万円、救命士同乗で約18万円請求される(1ドル=140円換算)。医療費が高額で知られ、手術費用は100万円程度になることも多い。
政府は救急医療を支援する取り組みとして、救急安心センター事業を推進している。この事業は、急なケガや病気の際に救急車を呼ぶべきか、すぐに病院に行くべきかを医師や看護師に電話で相談できる窓口である。
相談内容から緊急性が高いと判断すれば迅速に緊急出動に引き継ぐ。緊急性が低い場合は、受診可能な医療機関や適切な受診タイミングをアドバイスする。電話番号は「♯7119」であるが、一部の自治体のみで実施されており、全国展開を目指している。
また、東京都杉並区や練馬区では定期的に小児救急に関する講座を開催している。講師は小児科医で、子どもの急病時の対応方法を学べる。
一方で、民間企業も救急医療支援に参入している。名古屋市のフィルタスは、救急医療補助サービスやドクターカー運行サービスを展開。医師・看護師の業務負担軽減や救急車出動の削減、救急医療体制の再構築が期待されている。
東京都千代田区のTXP Medicalは、救急現場と搬送先医療機関間のコミュニケーションを円滑にするシステム「NSER mobile」を開発。北九州市や神奈川県藤沢市、秦野市、鎌倉市などで導入されている。
全国で医療崩壊の懸念が広がるなか、この分野への民間企業の参入は今後さらに拡大すると見込まれる。
諸外国の多くでは、通報の順番ではなく、傷病者の状態を迅速に識別して治療や搬送の優先順位を決めるトリアージを活用している。
国内では、通報時に緊急度・重症度を判断する「コール・トリアージ」が2008年から横浜市で導入されている。現場で識別する「フィールド・トリアージ」は2007年から東京都で開始された。
毎日新聞の調査によると、都道府県庁所在地や政令市の消防機関の約4割がコール・トリアージを導入している。
総務省消防庁はトリアージ導入の判断を自治体に委ねているが、全国で東京都や横浜市のようなシステムを構築し、救急医療リソースの確保を進める必要がある。
また、自治体には他の医療サービスとの役割分担も求められている。地域の診療所による訪問診療や往診のほか、医療MaaSを活用したモバイルクリニックの普及で救急車の出動抑制が期待できる。
さらに、民間救急車利用者向けの助成金制度の導入で、低所得者や交通弱者の医療アクセスの選択肢が広がる可能性がある。
昨今、救急車の出動件数増加や救急医療現場のリソースひっ迫が社会問題として広く認識されている。
しかし、高齢化や生活ストレスなどの社会背景が複雑に絡み合い、不適正な救急車利用やモラルの低い通報が後を絶たない状況にある。
救急外来の有料化や医療MaaSの活用、地域医療体制の再構築は有効な選択肢の一つだが、根本的な課題解決には至らない可能性が高い。
自身の余裕があるときに、急なケガや病気の際の対応や選択肢について改めて考えることが求められている。
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