少子高齢化による労働人口の減少を背景に、多くの企業が深刻な人手不足に直面している。ITmedia ビジネスオンラインとITmedia エンタープライズが開催したオンラインイベント「人手不足時代の最適解」では、この難題の解決策が、採用、定着、業務効率化の3つの観点で語られた。
本稿では、人事・ESG領域に特化したプロフェッショナルブティック事業を展開するコーナー代表取締役CHRO(最高人事責任者)の門馬貴裕氏の講演「“採って育てる”の再発明ーー採用の先にある人と組織の設計構築」のハイライトを紹介する。
内閣府の「令和5年版高齢社会白書」は、2030年に高齢化率が30.8%に達すると予測している。パーソル総合研究所がまとめた「労働市場の未来推計 2030」によると、2030年には労働需要に対して供給が圧倒的に不足し、約644万人の人手不足が予測されている。産業別ではサービス業で約400万人、医療・福祉で約187万人、卸売・小売で約60万人の労働人口不足が見込まれている。
こうした人手不足の時代に企業の人事部門はどのようなテーマに注力しているのか。コーナーが2024年末に企業の経営・人事部門を対象に実施した「採用の施策振り返り調査」(外部リンク)によると、企業が今最も注力しているテーマは「中途採用」で、「人材育成・スキルアップ」「制度・ルールの見直し」がそれに続く。
採用に関して注力した取り組みを聞くと、中途と新卒のいずれにおいても最も多かったのは「採用ターゲットの見直し」で、その次が「プロセスの効率化」だった。自社の採用の在り方自体を見直す必要性を、多くの人事担当者が実感している。
もっとも、せっかく採用に成功しても定着に失敗してしまえば人手不足は解決しない。採用が単発の活動ではなく人材育成・定着の取り組みの一部として機能するためには、一人一人の人材が会社の一員として活躍している姿を起点に考えなければならない。
まずは、実際に活躍している既存社員の行動特性や定着の傾向を分析し、コンピテンシーを定義し、言語化する必要がある。次に、入社後に成長実感を得られるような体験を設計し、それらを踏まえてコンピテンシーや入社後の研修で得られるスキルと入社前から持ち合わせていてほしいスキル、マインドといった要素を整理する。ここまでできてようやく求人表に書くべき応募資格や書類選考・面接の評価基準への落とし込みが可能になる。
採用に当たっては何よりも、任せたいジョブとそれに必要なスキルを明確に定義することが不可欠だ。ジョブとスキルの定義があいまいだと、採用の失敗や入社後のミスマッチを招くことになる。
「ここで大切なのは、いきなり採用要件を決めないこと」と門馬氏は言う。まずは市場環境や事業の将来像、現在の体制をマクロな視点で捉え、今後必要になるであろう役割やポジション、それに応じて求められるスキルを逆算で定義していくべきというわけだ。求めるスキル全てを必須要件とすることが難しい場合もあるので、スキルを必要要件と歓迎要件に分けるなど、採用の実現可能性も考慮する必要がある。
採用市場の動向も把握しておきたいところだ。提示できる報酬が市場より低ければ求人を出しても応募につながりにくい。相場を見つつ採用要件をアップデートしていく必要がある。採用だけでなく外部パートナーに任せる選択も視野に入るかもしれない。
ポジションごとに必要なスキルを言語化して採用要件を定義したら、それを満たしているのかどうか判断するための面接時の見極め方法、質問例評価ポイントなど、採用に関わる全員が共通見解を持てるような評価方法を決めることになる。
門馬氏は「このような判断は人事だけでも現場だけでも完結しません。経営と現場と人事で適切に連携し、この先1年2年3年でどのような役割やスキルが必要になるのかを具体化していくこと。その上で採用要件については定義から逆算して落とし込むことが大切です」と語る。
採用だけ工夫すればいいかと言えば、もちろんそうではない。潜在的な離職リスクは常に付きまとう。コーナーが2025年5月に実施した「静かな退職と人事の認識ギャップ調査」では、調査対象(従業員数100人以上の企業に在籍1年以上の正社員413人)の約4割が「静かな退職(退職離職を考えていないものの仕事に対して消極的)」状態にあることが明らかになっている。離職を考える理由を聞くと、給与や制度面だけでなく組織への信頼や仕事の中身・成長の機会に関する不満も少なくないことが分かる。
門馬氏は「採用と定着の課題は根本部分で共通している。にもかかわらず、実際には採用時点と入社後で流れが分断されていることが問題です。採用から育成、職場体験まで、仕組み全体を設計していく必要があります」と門馬氏は強調する。
そこで重要になるのが従業員体験(EX)だ。採用の瞬間だけではなく、入社後にどのような挑戦の機会があり、どのような成長を感じられるのか、安心して働ける環境があるのか、こうした体験の積み重ねは長期的な定着や活躍につながる。
人材不足の今、必要な人材をすべて正社員として採用することは困難だ。本当に必要なのは採用した人が組織の中でどう育ち、どう活躍するかを見据えること。つまり、最初から人と組織を一体で設計することだ。
ここで門馬氏は「雇用を前提にしない」考え方を提唱した。労働者の価値観が大きく変わり、キャリアを一社に委ねず複数の場を行き来しながら経験を積む人が増えている。転職も当たり前になり、副業やフリーランス人材が増えているなど、雇用関係は固定的なものではなくなってきている。
「大事なのは社員か外部の人材かの区別に関係なく、役割を起点に組織を描くという発想です。今では副業を可能とする企業は増えていると思いますが、副業やフリーランスなど外部人材活用を経験してる企業はまだまだマイノリティです。外部の力を戦略的に生かすためには受け入れる側の準備が不可欠です」と門馬氏は語る。
社内であれ社外であれ、人材を生かすのは結局人事の在り方にかかっている。従来の人事は主に採用、労務、制度運用の担い手という位置付けだったが、人手不足や多様な働き方が当たり前になった時代に、人事には2つの役割と5つの機能が求められていると門馬氏は言う。
「役割の1つは経営と人材戦略を結びつける戦略的な人的資本マネジメント。もう1つは社員が成長や働きがいを実感できるEXの向上です。また役割にひも付く人事機能として採用、人材、組織開発、ビジネスパートナー、労務運用が挙げられますが、この5つの機能が有機的につながっていないケースが非常に多いと感じています。採用は採用部門、人材育成は人材開発部門、人事制度は人事企画部門と縦割りに考えるのではなく、全てが連動するよう一体で設計しないと成果につながりません」
加えて門馬氏がもう1つ重要視するのは「全員が人事」という文化の形成だ。経営層はビジョンを示し、管理職は日常業務で部下に伴走し、安心して挑戦できる環境を整える。同僚は互いに支え合い、外部パートナーは専門性や外部視点を持ち込み保管する。人事部門はその全体を設計しながらつなぎ合わせる。
人が足りないのであれば、人がやらなくてもいいことをテクノロジーに頼り、そのぶん人の判断が必要なことに集中できる環境を作ることも大切だ。AI活用やDXの目的は効率化そのものではなく、人に向き合うための時間を生むものだ。人事部門の価値を最大化するため、採用時のスクリーニングやカルチャーマッチなどの分析をAIに任せたり、社員のスキルや目標に応じた育成プログラムをAIが提案するといった活用法も広がりつつある。
従業員体験を起点に人と組織を見直し、採用から定着、成長までを一体で設計すること、そして全員が人事として関わる文化を作り、テクノロジーをフル活用してその価値を最大化すること。こうした考え方を組み合わせることこそがまさに「採って育てる」の再発明につながると述べ、門馬氏は講演を締めくくった。
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